このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

◇蝶の夢◇


夢を、見た。生々しい、夢だった。

 黒い腕が、地面から生えて足を掴んだ。
 腕は、次々と現われ、腕を、足を、掴む。冷たい感触。声にならない悲鳴。肘から先しかない黒い腕は、振り払うこともできない。
 飛び起きた練は、自分の胸にある蝶の上に拳をおいた。激しい動悸が拳に伝わる。荒く息をつきながら、練は隣で眠る麻生を見下ろした。目覚める気配はない。
 悪夢にうなされて、声を上げたりは、しなかったようだ。
 まだ整わぬ呼吸の下で、安堵の吐息をもらす。
 ふいに、おかしさがこみあげてくる。大声をあげて、笑いだしたくなる。
 『ここ』でさえも、安心して眠れる場所ではないのだ。酒や、薬や、男で、意識を失う以外に、夢を見ない方法はないのだ。
 悪夢から逃れられる場所は、どこにもないのだ。
「……練? もう朝か?」
 やっとぬくもりが離れたことに気づいたらしい麻生が、訊ねる。たぶん、まだ半分眠ったままなのだろう。目を閉じたまま、腕を伸ばしてくる。
「まだだよ……まだ、眠ってていい」
 麻生の腕に身を委ねて、もう一度横になる。練の存在を確かめるように、麻生の腕に一度力がこめられた。
 すぐに眠りに沈んでいった麻生の寝息を聞きながら、練は目を閉じた。
 光の中に、練は立っていた。
 色素の薄い髪は、光に透けて金色に見えた。なめらかな背中には、光をはじく白い翼があった。練は、子供のような無邪気な笑みを浮かべていた。
「練……おまえ、やっと解放されたんだな……」
 麻生が声をかけると、練の顔から笑みが消えた。
 なぜ、気づかなかったのだろう。
 練の背にあるのは、天使の翼ではなく、蝶の羽。ガラスのように透ける薄灰色の、グラシアスの羽。
「練……!」
 練の体が、崩れる。
 幾千幾万の、ガラスの羽を持つ蝶になる。美しい蝶は嘲笑うように麻生の回りを飛び交い、去って行った。
 決して手の届かぬ、どこかへ。
 麻生は、はっと目を開けた。固い寝台の感触に、自分のいる場所が塀の中であることを思い出す。
 なんと都合のいい夢を見たのかと、自嘲の笑みが浮かんだ。
 自分にできることは、練と一緒に堕ちてやることだけだ。
 その覚悟を決めたと思ったのに、まだこんな夢を見ている。許されたいと、願っている。天使がすべての苦しみから解放され、無邪気に笑える日がくることを、祈っている。
 呟きかけた名前を押し殺して、麻生は目を閉じた。

きっと、もう、眠れはしないだろうけれど。




Fin

All rights reserved. Copyright (C)2001.佐伯蒼生・碓氷静


某所(笑)でキリを踏み、挿し絵をつけるという条件で蒼生さんに書いていただいた練ちゃん&麻生さんS・S
このふたりの,破滅に向かっていくような救いようのない雰囲気(酷い言いようだね…)が凄く良く出ていてステキですo(><)o
蒼生さんに差し上げた絵はベージュ基調だったんですが、この壁紙に恐ろしいくらい合わなかったので(笑)ブルー基調に彩色し直しました。

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください