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◇◆◇犀川助教授と萌絵シリーズ(S&Mシリーズ)◇◆◇
ワトスン役=超お嬢様女子大生・西之園萌絵、探偵役=国立大助教授・犀川創平のコンビで展開される新感覚ミステリィ。
◆すべてがFになる THE PERFECT INSIDER /講談社ノベルス・文庫
完全に隔離された孤島で研究を続ける天才・真賀田四季博士の部屋からウエディングドレスをまとい、両手両足を切断された死体が現れた。
島を訪れていたN大生西之園萌絵と犀川助教授がこの不可解な密室殺人に挑む。
初めて『すべF』を読んだときの正直な感想は「なんだかよくわからないけど凄い!」というも のだった。
赤川次郎と西村京太郎で挫折して以来(赤川氏はミステリィ以外の青春小説などのほうが面白いと思うし、西村氏の場合は時刻表ミステリィというものにどうもなじめなかった)国産ミステリィを倦厭していたのだが、この本との出会いでミステリィに目覚めたといっても過言ではない。
理解不能のコンピュータ用語の羅列。孤島に建つ完全個人主義の研究所。天才プログラマ。お嬢様と執事。
おおよそミステリィらしくない舞台と登場人物で殺人事件が起きる。
森ミステリィを森ミステリィとして確立させているのは巷で言われている「理系ミステリィ」だからではなく、殺人事件に対する独特のスタンスであると思う。
——『ほら、7だけが孤独でしょう?』(文庫p16)
◆冷たい密室と博士たち DOCTORS IN ISOLATED ROOM /講談社ノベルス・文庫
衆人環視かつ密室状態の低温実験室のなかから男女2名の大学院生が死体となって発見された。同僚・喜多助教授の誘いで現場に居合わせた犀川助教授は西之園萌絵とともに事件に巻き込まれる。
発行順では『すべF』が先だが、執筆順ではこの『冷密』が先になることは今では周知の事実である。そう考えると『すべF』に比べ、『冷密』がストレートな本格ミステリィの姿を見せていることに納得できる。
作中で犀川先生は「生き物にはあまり関心がない」と発言している。彼は事件が身近で起こったとしても、萌絵が首を突っ込まないかぎり関心を示さない。
しかし、全編を通して見ると犀川先生はしぶしぶながらも謎解きに対する姿勢は前向きに見える。彼が謎を解くのは犯人や動機、トリックを知りたいからではない。もっと別の知的欲求を満たすため……それは、研究者であるという彼の本質を示している。
そしてたぶん、犀川先生は自分で思っているよりももう少しホットな人間なのだ。
——『そもそも、僕たちは何かの役に立っていますか?』(文庫p399)
◆笑わない数学者 MATHEMATICAL GOODBYE /講談社ノベルス・文庫
数学者・天王寺翔蔵博士の住む「三ツ星館」で開かれたパーティに招かれた犀川助教授と西之園萌絵の目の前で、博士は庭にある大きなオリオン像を消してみせた。
一夜明けてオリオン像が庭に現れたとき、2つの死体が発見される。
本格ミステリィにはつきものの、いわゆる館ものである。意外にもS&Mシリーズで館ものと呼べる(※碓氷のなかの定義では「館もの」とは金持ちが建てた現実にはありそうもない屋敷で起こる殺人事件で、事件のトリックに屋敷の構造が深く関わっているもの)作品はこれだけだ。
森氏は建築家でいらっしゃるから、荒唐無稽な建物は想像できないのだろう。と勝手に納得しているが、かえって専門家ならではの確かな知識に裏打ちされた凄いトリックが期待できるのではないだろうか。
その期待を外すことなく、この作品は館の特異な施設と殺人のトリックがエレガントに調和している。
——『これは、神のトリックです』(文庫p428)
◆詩的私的ジャック JACK THE POETICAL PRIVATE /講談社ノベルス・文庫
大学施設で連続して起こった女子大生殺害事件。密室状態の現場。彼女たちの躰に残された文字状の傷。捜査線上に浮かんだ容疑者は犀川助教授が担任をしている退学寸前の幽霊学生、人気ロック歌手の結城稔だった。
連続密室殺人。これでもかというくらい気前よく密室のオンパレードである。
殺人現場が数カ所にちらばっていること、犀川先生が途中、中国へ出張し事件から一時離れるという場面があるということから「散文的」という印象を感じる。カメラが引いてパーンしている、というイメージ。萌絵の同級生たちや刑事らの描写も多く、読者の視点がぼやけるように仕組まれているように思う。しかし、一見して薄味なように見せておいて、混ぜられているスパイスは深いのだ。
——『違いはない。両者の本質は同一のものだ』(文庫p309)
◆封印再度 WOH INSIDE /講談社ノベルス・文庫
岐阜県の旧家、香山家には鍵のかかった箱と箱の鍵が入った壺という変わった家宝がある。香山風采は息子の林水に箱と壺を残して自殺した。遺言は「鍵を取り出すのに決して壺を割ってはいけない」というものだった。50年の月日を経て香山林水の死体とともに壺と鍵の謎が蘇る。
こういう作品を読むとやはり森ミステリィを「理系ミステリィ」と言ってしまうのは間違っていると思うのだ。答えを得ることが目的ではなく、思考そのものにウェイトが置かれている。さながら禅問答なのである。
森氏は『封印再度』を書きあげた後、京極夏彦氏の作品を読み、章題に使っていた十牛図を英文に直したという(『鉄鼠の檻』に十牛図が出てくる)。こういったエピソードを耳にすると、やはり両氏は出力方法が違うだけで根底にあるものは近似しているのだと納得する。
なお、箱と壺のトリックは読者による公開実験が行われ、再現が可能であることが実証されている。
——『知らないままの方が、綺麗だ』(文庫p538)
◆幻惑の死と使徒 ILUSION ACTS LIKE MAGIC /講談社ノベルス・文庫
天才奇術師、有里匠幻がショウの最中に観客の目の前で殺害された。しかも、遺体になってまで彼は、最後にして最大のエスケープをして見せたのだ。匠幻の遺体はどこへ消えたのか?そして匠幻の弟子、有里ミカルもビル解体現場からのエスケープ・ショウの最中に殺されてしまう。
シリーズ後半の5作品は萌絵が主人公になっている。従って、最後の謎解きを披露するのも萌絵だ。
さらに『幻死使』は奇数章だけで構成されている。これは次作『夏のレプリカ』が時間軸にしてほぼ同時に起こっているという設定のためで、2作品は対になっている。こういった手法を取り入れていることからも、後半5作品は前半とはがらりと雰囲気の違ったものに意図的に仕上げられていることがわかる。
さて、この作品の印象をひとことで現すとしたらそれは「ショウアップ」だろう。ステージ上で殺される天才エスケーパ。葬儀の会場から忽然と消える柩。テレビ中継のなか殺されてしまう弟子。すべてに「観客」というステージを構成するうえで欠かせない要素が含まれている。それは最後の謎解きに至るまでといった徹底したサービスで、読者を楽しませてくれる。10作品のなかではこれがいちばん、エンタテイメントと呼ぶに相応しいのではないだろうか。
——『この楽観視が、いわゆる、生きる望みと呼ばれるものだ』(ノベルスp360)
◆夏のレプリカ REPLACEABLE SUMMER /講談社ノベルス・文庫
那古野の実家に帰省した簑沢杜萌は、仮面の誘拐犯に拉致される。政治家である彼女の父親を狙った犯行であるらしかったが、誘拐劇は犯人たちの仲間割れで終息を迎えた。
釈然としない結末を迎えたかに見えたとき、盲目の詩人である杜萌の兄が忽然と姿を消し去っていた。
萌絵の高校時代の友人・簑沢杜萌を襲った奇妙な事件。時間軸にして『幻死使』と同時期に起こり、偶数章のみで構成される。
杜萌の視点で描かれ、萌絵と犀川先生はあまり出てこないという特殊な構成。だが、それすらもトリックの複線なのである。
この作品のいちばんの見所はやはり、萌絵が杜萌とチェスをしながら真実にたどりつくといったシーンだ。張りつめた緊張感に息がつまり、流水階段のように流れ落ちる思考の疑似体験に、まるでほんとうに自分の思考の回転速度があがったかのような錯覚を覚える。これがなかなか気分が良かった。森氏はきっと、このシーンを書くためにこの物語を書いたのだろう。
——『いつかきかれる、と思っているうちに、自分でも問わなくなる。周りも尋ねない。たぶん、人間がどこから来たのか、そして、どこへ行くのか、その質問と同じだ』(p303)
◆今はもうない SWITCH BACK /講談社ノベルス・文庫
嵐に閉ざされて電話も通じなくなった別荘で起こった殺人事件。姉妹はなぜ隣り合わせた密室で別々に殺されていたのか。別荘に居合わせた「私」と西之園嬢は様々な推理を展開させるが……。
笹木という男性の一人称で語られるシリーズ異色作。
映写機の回る音。木立に埋もれた森林鉄道の古いレール。ノスタルジックな情景が西洋アンティークのような雰囲気を形作っている作品だ。
主人公たちを一歩引かせた構成ながら、本作品は非常に楽しめる内容に仕上がっていると思う。語りを担当している笹木氏が、少々軽薄だが(笑・失礼)魅力あふれる人物に描かれているせいだろうか。本作品の叙述トリック(と呼んでいいのだろうか?)にはぜひ引っかかってみてほしい。微笑を誘われること請け合いだからだ。
——『最適でないものを許すことが洗練だ』(ノベルスp350)
◆数奇にして模型 NUMERICAL MODELS/講談社ノベルス・文庫
取材のために那古野に来た儀同世津子につきあって、萌絵は模型交換会の会場に出向いた。その会場でモデルの首なし死体が発見される。死体とともに密室で昏倒していた男は、同じころ別の場所で起こった女子大生絞殺事件の容疑もかけられていた。
本作の犯人は異常性が高く、理解不能な人格に描かれている。こういったタイプの犯罪者は最近のミステリィや映画では珍しくない。動機は怨恨などではなく、思考をトレースしたところでどうしてそんな理由で殺すのか、理解できない。そこから、得体の知れない恐怖が生まれる。
異常と正常の違いとは?自分の網膜に映っている四角い箱が、果たして別の人間が見ても四角い箱に見えているのだろうか、と考えたことがある。自分の認識で「四角」と呼ぶ形と、他人が「四角」と呼ぶ形が必ずしも同じ形をしているとは限らない。つまり、正常と異常の違いは自分のなかの定義によるということなのだろう。
——『数字だけが歴史に残る。残らないのは、その数字の意味、すなわち、数字と実体の関係』(p378)
◆有限と微小のパン THE PERFECT OUTSIDER/講談社ノベルス・文庫
日本最大のソフトメーカ「ナノクラフト」の経営するテーマパークを訪れた萌絵の周囲で殺人事件が続発する。一連の事件の影にはあの天才プログラマ・真賀田四季が。
どんな天才が作りあげたプログラムにもバグが生じる。真賀田四季は、自分のなかで犀川に触発されて生じるバグがどう作動するのかを知りたかったのではないだろうか。犀川と萌絵に仕掛けたゲームのなかで殺人というバグが起こることも、彼女にとっては予測の範疇……些末な問題にすぎない。
——『 もし先生が死んだら、私は泣いてみたい。一度で良いから、泣いてみたいわ』(p582)
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