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◇◆◇『漂泊者』ほか深志荘シリーズ/風間一輝◇◆◇


〈深志荘〉
池袋のさびれた裏通りにあるボロアパート。都心で便利なのに家賃は安い。
2階建ての計10部屋でトイレは共同。おそらく風呂はない。
「しんしそう」という名前だが、住人たちは紳士からはほど遠い一癖ある連中ばかり。


◇『漂泊者(ながれもの)』/角川文庫・他
〈ストーリィ〉
 横浜のある教会が養護施設を新設しようとしたところ、地域住民から反対運動が起こった。教会だけではなく、協力者の信者たちにまで悪質な嫌がらせが始まるに至って、牧師の南方は私立探偵の室井に調査を依頼することに。
 調査に乗り出した室井は背後に暴力団の影があることを突き止めるが、どう調べてもその団体名が特定できなかった。そんな折り、南方の娘が誘拐される。

〈主な登場キャラクタ〉
室井辰彦(むろい・たつひこ)
深志荘101号室の住人。悪徳私立探偵。元ウェルター級プロボクサー。殺人罪で国内外を逃亡中。41歳。なお、室井という名は偽名である。
八百長試合を強要されてトレーナーを殴り殺した過去から見ても、誇り高く一徹な男であることが伺える。逃亡者という事実を差し引いても放浪することが性に合っているようだ。
立場上、というものあるのだろうが、常に物質的にも精神的にも多くのものは持たない一匹狼。思考は整然としていて、他人の力は絶対にあてにしない。
麻の上等なスーツ(イギリス人からイカサマポーカーでまきあげた)を夏冬問わず身につけているところからも着るものには頓着しない質。しかしコートもバーバリーの高級品だった(ただし、これも賭の戦利品でしわくちゃ)。煙草は両切りのピース。これが唯一の贅沢らしい。

国分隆雄(こくぶ・たかお)
横浜一帯を仕切るやくざ『三浜組』の4代目組長。国立大学法学部出身のインテリやくざ。34歳。剣道の腕前は五段。幼少から習っていたというピアノの腕もなかなか。抜群の記憶力。
三浜組3代目組長だった父の跡目を継ぎ、4代目に就任したが、その経緯は穏やかではない。両親と婚約者を組同士の抗争の果てに殺され、カタギの道を歩むはずだった彼の人生は一転する。傷心のサハラ砂漠で室井と出逢ったことが、まさに今の国分隆雄をつくりあげたといっていい。そういった意味でも国分にとって室井は特別な人間であるようだ。
高級なスーツを嫌味なく着こなす長身と端正な面。穏やかな物腰、慇懃な口調といった完璧な紳士でありながら、野獣のような凶暴性を併せ持つ。この二面性がたまらなく素敵v

〈読みどころ〉
この作品の読みどころは「室井&国分の絶妙なコンビネーション」のひと言に尽きる。会話や行動のすべてに於いて、このふたりはまさにベストパートナ
サハラでの運命の出逢いから12年。その年月のブランクを感じさせないツーカーぶりは見ていて頬が緩むことう請け合い(笑)。
もうひとつの読みどころは、誘拐された南方の娘を救い出す過程での、ちょっとした推理(?)合戦。室井さんが逃亡者特有の鋭さと、持ち前の整然さで「推理」とうよりは「確定」してゆくのは見ていてなかなか気持ちいい。彼は自分のことを無学だと思っているようだが、この辺りのやりとりを見る限り頭は良い。そして数式を組み立てるような整然とした思考力は室井という男の本質を現している。
対する国分は決断力と行動力で室井をサポートするのだが、その思考の回転の速さといい、先の先まで見越しておく周到さといい、このふたりは好対照である。
ハードボイルドという殺伐としたジャンルでありながらこの作品がただの固茹ででないのは、主役の男ふたりがありきたりのキャラクタでないという点に尽きる。
血みどろの世界にいる男にありがちな「俺に近づくと火傷するぜ」だの「女には関係のない世界さ」だの「命をかけてもおれがお前を守る!」だのというクサさも、妙な力みもない。
だからふたりの会話はさらっとしていて、ときには緊張感すらない。しかし、そこがこの作品の面白さを際立たせているのだ。

〈碓氷の独りツッコミ〉 
注)「萌え」「クサレ」等という言葉に嫌悪感をおぼえる、又は免疫のない方は読み飛ばしてください(笑)。
◆p121風呂からあがった室井さんに新しい下着と靴下と浴衣一式が用意されていたシーン。
浴衣なのに靴下は必要なのか!?という、どうしようもない違和感をおぼえた場面(笑)。もちろん、直前のパンツ一丁で取り残される室井さんも想像したら笑える。
◆p138室井さんの真冬の夏服事件から始まる暴露大会。
若い頃から組長の一人称は「私」だったのか……と場違いなことを思ったシーン。アルジェの酒場を思い浮かべると、ニヤついてしまいますね〜若き日の組長が、泣きながら「室井さん、明日、私、日本に帰ります」だもん(笑)。可愛いっスよ。でも、賭の戦利品だからって四季を問わずに麻のスーツを着倒している室井さんには爆笑でした☆
◆p252三人の男を無造作に斬り捨て、返り血を浴びて折れた刀を鞘に収める国分組長。
言わずと知れた組長の殺人シーン。普段は穏やかな紳士である国分さんが冷酷非道で凶暴な一面を見せる鮮やかなシーンなのだが……このときの組長が東○ガスの作業着に安全メットとゆー出で立ちだってことを想像すると……(死亡)
◆p256アリバイ作りのためにいかにも暴力団の組長というファッションに着替えた国分組長。
白いチョーク・ストライプの入った濃紺のダブルの背広。組長はどんな格好をしてもステキさ!しかし、室井さんに向かって照れくさそうに「似合うかな」とか言っちゃう組長って……(爆)


◇『地図のない街』/早川書房
〈ストーリィ〉
単身赴任中の北岡は、ある夜ふらりと立ち寄ったバーの帰りにちんぴらに襲われ、なけなしのボーナスを奪われてしまう。ボロボロに傷ついた躰を癒すうちに、北岡のなかに眠っていた凶暴ななにかが目覚めた。自分の矜持のために復讐を遂げた北岡は、職場も妻子も捨てて姿をくらます。数ヶ月後。北岡は東京のドヤ街・山谷にいた。アルコール漬けの日々を送る北岡の周囲で、ドヤ街の人間が意図的に消される事件が起こる。

〈読みどころ〉
前半と後半で違った展開を見せる話だが、全体を通してこれはアル中克服記である。ドヤ街で起こる謎の殺人事件に首を突っ込まざるを得なくなる北岡だが、話の重心がいかにしてアル中を克服するかに置かれているだけに、謎が解けるさまがあまりにあっさりとしていてちょっとばかり拍子抜け。(イヤ、でもこれは碓氷がミステリィ読みだからかもしれない)
『漂泊者』ファンに着眼して欲しいのは、前半で北岡が立ち寄る酒場『酔虎伝』のマスタは三浜組の歩くコンピュータ・村雨の双子の弟で、彼がカタギの北岡を救うために国分さんに話をつなげるというオイシイストーリィ運び。格好いい国分さんの姿が拝める。


◇『片道切符』/光文社・光文社文庫
 ※光文社文版では1編多く収録されているので要チェック!
〈ストーリィ〉
殺し屋の烏堂は、自分の命を狙う人物を探るために悪徳私立探偵の室井に調査を依頼する。命を狙われる理由はどうやら、烏堂の塒にあるらしい。
しかし、塒問題が片づいたと思ったら今度は凄腕の同業者を殺してくれとの以来が。断れない状況に追い込まれていくことを不審に思った烏堂は室井の協力を得て裏を探り始める。
誰かが烏堂の仕事の邪魔をしようとしている。しかし、そいつは烏堂をあざ笑うかのように致命的な妨害はしてこない。烏堂は室井らの手を借りて邪魔者の影を手繰っていく。

〈主な登場キャラクタ〉
烏堂勲(うどう・いさお)
表の職業・モデルガンショップのオーナ。裏の職業・殺し屋。池袋にコンクリートの箱のような塒を所有。30代後半。
だだっ広い元研究所の建物に住み、そこに家具らしい家具も置かずに暮らし、『心を癒そうとしてるんじゃない。肉体を休ませる空間が欲しいと言ってるんだ』(p273)などとうそぶく。。
決して強くもなければ凄腕でもないが、飄々と闇の世界を渡り歩く男。

〈読みどころ〉
主人公が殺し屋というこれ以上はない殺伐としたハードボイルドなのだが、烏堂のとぼけた語り口とともに、脇を固めるサブキャラクタたちがそれぞれに魅力的だ。
まず『漂泊者』で主役を張った室井さん。始終愛想が無くて、国分組長と組んでたときとは大違い(笑)。しかし、こっちの室井さんが本来の室井さんなのだろう。
烏堂の同級生でエセ建築家の東山。最悪のインテリアセンスと極上の料理センスを持ち合わせた悪党。烏堂との憎まれ口の応酬はなかなか楽しい。
ほかにも、センスの良い高級品を身につけ、上品で慇懃な拳銃ブローカの大里や、盗難車を改造するテクとドライビングテクニックは一流の車屋・辻など、烏堂の周囲をひと癖もふた癖もある連中が囲む。
ストーリィそのものは3部作になっているがたぶん、1話目を書いた時点では続きを書くことが決まっていなかったのではないかと思う。2話と3話でめまぐるしく展開するストーリィはスピードに感溢れている。

〈碓氷の独りツッコミ〉
◆p235烏堂が待ち合わせた横浜中華街の有名店へ出向くと、2階のワンフロアが貸し切られていた。
室井さんが国分組長に頼んで調べ事をしてもらった延長だとは思うんですが……室井さんに頼み事をされた組長が喜々として過剰サービスしてくれたとしか思えないよ(笑)!


◇『されど卑しき道を』/角川書店
短編集。
『よくある話』
エロ雑誌カメラマンの滝川直次はヌードモデルの女の子から男に騙されたという話を聞く。裏で詐欺師という別の顔を持つ滝川は、彼女の「復讐」に一肌脱ぐことにしたが。
◆部屋番号の記述はないが、滝川さんは深志荘の住人。飄々とした詐欺のテクニックが読んでいて非常に面白い。そして、いちばん喰えない人物はやはり滝川さんだっというラストが(笑)。

『雨垂れ』
神戸のバーにふらりと現れた男の顔に見覚えがあるのだが、どうしても思い出せない。男はピアノをつま弾くかと思えば、地元のちんぴらを軽くあしらう。横浜から来たという男の正体に思い当たったバーテンは……
◆国分組長ご登場の巻!『漂泊者』でペナン島の室井さんに会いに行く直前の組長です。もう、メロメロに格好いいのですよ!軽く三下をのしたと思えば、情緒たっぷりにピアノを弾いて見せる。お酒の飲み方から会話のあしらい方から、もうすべてが格好いい!風間氏も格好いい国分組長の姿を描くためだけにこの短編を書いたのでは、と思えるほど。組長ファンには必見。

『国道四号線』
社会からドロップアウトし、ただひたすらに北へ向かって歩き続ける男。彼を一台の自転車が追い抜いていく。屈託のない自転車男も北を目指しているようだが……
◆深志荘105号室の住人、桐沢風太郎が登場するこの短編は、桐沢との奇妙な縁が続くうちに、歩いている男が「なにか」をふっきる話だ。桐沢という人物に触れて、主人公の眼に再び光が灯るような感覚が秀逸。

『疾走』
ちょっと危ない仕事を引き受けて場末の酒場へ出向いたら、逃走経路が塞がれていた。受け取ったものを無事に届けるために、包囲網を突破しなくてはならない。バーテンは若い頃に使っていたというレース用自転車を貸してくれるが。
◆場末の酒場と腕のいいバーテン。胡散臭い男。オスカー・ピーターソンのジャズ。ハードボイルドの舞台をきっちり作っておいて、後半はスピード感溢れる逃走劇という対比が面白い。

『湖畔亭の客』
予約もなしに現れたその男は、どうやらひとを待っているようだった。ホテルの人間も客も、謎多きその客についてさまざまな憶測をする。
◆視点を多角的に変えて人待ちの男を描き出す。この男がなかなか渋くていい男なのだ。果たして彼が待っていたのはどんな人物だったのか……物語の引きも見事。

『夜行列車』
都会暮らしに疲れた「私」は田舎へ逃げ帰ろうと夜行列車に飛び乗った。指定席が取れずあぶれ出たデッキには水商売風の女と崩れた雰囲気の男というふたりの先客がいた。
◆ここに出てくる夏服の男を最初、室井さんなんじゃないかと思い期待して読んだ(笑)。その期待は外れるのだが。それぞれが様々なしがらみを抱えている。誰だってそうだし、主人公のように逃げたくなることもあるだろう。風間一輝という物書きは、心のエアポケットにすとんと落ちるような、こんな話を書くのが上手いと思った。

『されど卑しき道を』
とある街に流れ着いた男は、地元やくざ幹部の息子を助けて組の客になる。ある組を波紋になっている男は、拾ってやる代わりにとちょっとした仕事を頼まれるが。
騙しに次ぐ騙し(笑)といったかんじで、めまぐるしい展開に引き込まれる。この短編集に収録されている作品すべてに言えることだが、中〜長編が書けそうだと思う。



◇『海鳴りに訊け』/角川書店
〈ストーリィ〉
海外のある小島に滞在していた室井は、沖縄でキャンプ場ビーチを経営している友人・ハワードの訃報を聞き、時効まで後30日余りを残して日本へ帰国する。
しかし訃報はガセで、沖縄は原発建設問題でもめている最中。ハワードは中立派として住民たちにより正確な情報を供給するため、海賊放送『海鳴り』を主催していた。
海賊放送は今どき珍しい機帆船《海鳴り》号の船上から放送されている。にわか船員の室井も《海鳴り》に客員として乗り込むが、彼らの周囲、そして沖縄の水面下で原発を巡る様々な陰謀が蠢きはじめる。

〈読みどころ〉
室井さんの年齢が42歳とされていること、船員手帳を所持していることなどから、時間軸としては『漂泊者』の後と思われる。そうすると『片道切符』はいつの話になるのだろうという疑問がわく。国分組長が出てくることからも『漂泊者』より後であることに間違いはない。しかし、室井さんは『海鳴りに訊け』の後、北海道へ渡っており、知人に「(北海道に)いつまでいるかわからん」という手紙を出している。このことから推測するに、『片道切符』はさらにその後。時効はすでに成立しているということになる。室井さんは東京に腰を落ち着けてこれまで通り探偵業を続け、組長との交流も続いていると考えていいのだろうか。
推測はさておき。今回室井さんの相方をつとめるハワードがボクサー時代からの友人という設定のせいだろうか。室井さんにしては饒舌で、室井さんにしてはフレンドリィなのだ。ふたりの会話は軽快で親密。組長と組んでいるときのような心地よい緊張感のようなものはないが、室井さんの意外な一面を見たような、そんな印象がある。
そして沖縄原発建設問題。これにからんで起こる事件の謎を、室井さんは得意の整然とした思考力で「確定」していく。なんだかんだ言って室井さんは探偵という職業に向いているのではないだろうか。
室井さんを取り巻くキャラクタたちは、今回は少し異色といえる。なにせ、全員がカタギのまっとうな人間なのだ(笑)。それに室井さんよりひとつ年上のハワードを除けば、『海鳴り』のメンバはみんな若い。キャンプ場の従業員の少年、放送部の女子大生や民族学専攻の大学院生、放送屋やプロの船乗り、タウン誌編集者。異色中の異色ではカメラマンの巨漢のオカマなんかも出てくる。
室井さんは殺人犯だし、そのせいでまっとうな人生というやつとは無縁の生活を送ってきたアウトサイダーだ。『海鳴り』での室井さんは、もしかしたら彼が歩めたかもしれない別の生き方を想像させる。
本作の舞台の半分は海上である。海の、そして船の魅力と怖さが存分に描写されている部分も見所のひとつではないだろうか。



◇『男たちは北へ』/早川書房
〈ストーリィ〉
売れないグラフィック・デザイナの桐沢風太郎はある日突然、東京から青森までの自転車旅行に出る。
さほど多くもない仕事は休めば休んだだけ生活が苦しくなるし、もう若くもない。それでも桐沢は自転車で北を目指す。
ヒッチハイクで北を目指す少年との出逢い、裸足でひたすら北へ歩き続ける男。そして、桐沢の前に入れ替わり立ち替わり現れる、謎の男達——出逢い、別れを繰り返しながら北へ走る桐沢の旅は、偶然拾ってメモ代わりに使っていた小冊子を巡って自衛隊機密奪取に巻き込まれていく。

〈読みどころ〉
本作は北を目指して旅する桐沢のロード・ムービーであり、自衛隊の機密を巡るハードボイルドであり、出逢いと別れ、絆を描いた人情物語でもある。
黙々と自転車で北を目指す桐沢という男は、不思議な魅力に満ちている。40代半ばで売れないグラフィック・デザイナ。自転車狂で、空手の達人。箇条書きを羅列するだけでは、桐沢の魅力は語れない。なによりも、彼と出会う男たちが、彼と出会うことで変わっていくのだ。
桐沢はただ、黙々と北を目指して自転車で旅しているだけなのに、少年は確実に自分の人生の流れを見つけ、自衛隊幹部の尾形は死に絶えていた自分のなかのなにかを生き返らせた。
熱い男たちを描いても、暑苦しく感じさせない軽快な風間節はデビュウ作である本作も健在。
そして、本書から始まるさりげない世界観の繋がりが見える。
『されど卑しき道を』収録の『国道四号線』は、本作に出てくる裸足の男から見た桐沢との出逢いだ。こちらもあわせて読むと、さらに楽しめる。


◇『片雲(ちぎれぐも)流れて』/早川書房/ハヤカワミステリワールド
〈ストーリィ〉
 大学生の加賀は親友・柳田と彼の故郷・埼玉県獅子父市に来ていた。柳田の幼なじみである千晶は現職警察官の兄・人志が起こしたひき逃げ事件に疑惑を覚え、加賀と柳田は事件を調べ始める。調べが進むうちに殺人事件への関与が浮かび上がってきて……

〈読みどころ〉
 主人公の加賀貴志は『男たちは北へ』でついに名前を明らかにされなかったあの家出少年である。『男たちは北へ』から五年後。桐沢さんを師匠と仰ぎ、ロード自転車乗り、そして空手家として成長した加賀君の姿にわけもなく嬉しさを感じます。
物語としてはミステリィの要素を多分に含みながら格闘小説としての色が濃く、加賀たちをサポートする謎の雲水「雲海」の存在が際立っている。雲海の存在がこの物語を格闘ものにしているといっても過言ではない。事件を追いつつ、雲海のしがらみを追う…といった感じだ。
酒呑みで生臭で、とぼけたところがあるくせにめっぽう強い。謎の雲水・雲海(偽名(笑))の魅力が物語を面白くしていることは間違いない。
電話のみの出演だが、室井さんが登場していることにも注目したい。



◇『今夜も木枯し』/幻冬舎
〈ストーリィ〉
版の古い百科事典のセールスマン・仙波敬介は、出張先の群馬県舞橋市でなじみのホテルの亭主からひとりのタイ娘を匿ってくれと頼まれる。
彼女はいわゆるブローカーや暴力団に騙されて食い物にされている出稼ぎの外国人ホステスなのだが、ホテルの亭主の娘がそういった女性たちを救うボランティア団体に属しており、渡りがつくまでの数時間、彼女を匿ってくれればいいという。
しかし、数時間のはずが東京まで彼女を逃がすのを手伝うハメになり、やくざ、暴走族、警察、各種に追われながらの逃走劇が始まる。

〈読みどころ〉
深志荘の住人である仙波は一度、底まで落ちた経験を持つ男だ。暴力沙汰で甲子園を断念した元高校球児で、仕事は長続きせず女房にも逃げられて…といった四十男。だけど、仙波はそこからほんのわずか、他人の目から見てほんのわずかでもはいあがった人間だけが持つ特有の強さを備えている。
逃走劇は手に汗握る…といった展開で飽きさせないし、慌ただしさにカムフラージュされた幾つかの謎も最後には苦い真実をさらす。そして、風間作品の男たちに共通する、生々しい凶暴性。それすらもシニカルなユーモアを交えた風間節で書かれるとさらりとしているくせに深いから不思議だ。
『今夜も木枯し』は珍しく(笑)ロマンスが芽生えてハッピーエンドを迎える。
しかし、版の古い百科事典のセールスで平均月収七十万前後……出張経費は自腹だといっても、以外と儲けてますね、仙波さん(笑)



◇今夜も月は血の色/幻冬舎
『今夜も木枯らし』仙波敬介が主人公を張る短編2本と未完の中編1本を収録。
作者・風間一輝の絶筆である表題作は未完のままである。
巻末には作家・野崎六助氏による風間氏の遺したメモなどを参考にした物語の展開予想や、全著作の解題なども収録。

『野良犬が一匹』
じり貧私立探偵の仙波は「薄謝」の誘惑に負けて迷い犬の張り紙を手に取る。予備知識を得ようと出向いた図書館で、美女が持ち出し禁止の本を紙袋に落とし込む瞬間を目撃する。それをネタにゆすりを働こうと、彼女に近づく仙波だが……
◆仙波さんを百科事典のドサ回りセールスマンに仕立て上げた、峰岸父娘との出逢い編。中編くらいは書けそうなネタ…というか、このまま峰岸父娘にピントを合わせて贋作ものとして中編くらい書けたのではないかと思う。風間氏の描くオヤジは味のあるキャラが勢揃いだが、この峰岸父も凄くいい味を出しているだけに、短編だけで終わるのは惜しい。

『見覚えのない夜』
ドサ回り中の仙波が、ある地方都市のバーで昔の同僚に出くわす。思い出したくもない過去とともに仙波は、数時間前に出逢った奇妙な男のことを思い出す。
◆風間節における「男気」を描いた短編。拳で生まれる友情というか、ある種パターンの設定を呑みすぎでなくした記憶が少しずつ蘇り現実とリンクするという手法で描かれている。粋なバーとバーテン、バーボンの香り。綺麗にまとまった短編。

『今夜も月は血の色』
仕事で山形県米沢市に来ていた仙波は、常宿の主人に紹介されたバー〈ランプ〉に向かう途中、数人のごろつきにからまれていたバーの見習いバーテンをしている少年を助ける。見習いバーテン・謙一を宇都宮のバーへ修行に出すから、送り届けてくれと頼まれた仙波だが、目の前で謙一がさらわれかける。
◆未完の絶筆である。タイトルの付け方からして『今夜も木枯らし』のシリーズとして出す予定の作品だったのでは、と予想できる。
例によって巻き込まれ型の逃走→奪取劇。今度は逃がす相手がイキのいい少年なだけにアクションシーンも派手で、少年は敵の手中に落ちてしまう。謙一を取り返しに行くぞ!というところで物語は永遠に終わっている。
脇役のオヤジたちも主人公を喰う勢いの魅力で、未完のままなのが実に惜しい。深志荘シリーズの主力キャラ、悪徳私立探偵の室井さんが登場して来たところで終わっているのも残念で仕方がない。
後注で野崎氏が述べているように、風間氏のために一杯の酒を呑み、もう一杯を自分のために呑み、この物語の展開を自分なりに予想してみるのも一興かもしれない。


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