このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

1997夏旅行けんたい体験き

忘 却 の 彼 方 に・・

「いきもの・のりもの・わすれもの」
3つのキーワードをあいことばに繰り広げられる叙情ラプソディー。

 

いきもの編.バイオ系はアレルギーもち

 「旅行の時には水族館に行く」というのが私の誓いなので、今回は東京都葛西臨海公園水族園へ行くことに。京葉線葛西臨海公園駅の改札を出ると、子供がうじゃうじゃいる。ポケモンスタンプラリーに参加しているのだ。あー、お兄さんも仲間に入れてえ!なかんじ。本当にやっても良かったんだけど、10時〜17時で30駅を制覇するなんて絶対無理だ。おととしの帝都高速度交通営団主催の「メトロンのスタンプラリー」でもかなり時間を使ったあげく15駅ぐらいしかできなかったし。

 そんなことは置いといて、夏休みということもあって混んでる。カップル・親子連れで満員だった。しながわ水族館よりはすいてたけど。東京都関連特殊法人というだけあって入場料800円は安い!さすが民業圧迫!(うそです)

 

 葛西の魅力といえば、何といってもマグロ回遊水槽!スゲエ、というウワサを聞いてたんだけど中学の修学旅行で葛西に行った弟からは「たいしたことなかった」といわれてたので、半信半疑だったんだけど、そこそこまとまってるって感じ。上から覗けるタンクがあったのは興味深かった。タンクというのは、業界用語でちいさめの水槽という意味です。

磯を再現するコーナーにはイソギンチャクやヒトデなど触れることができたけど、あまりに大量の人間に触られたのか、生きてるか死んでるか分からないほどぐったり硬直してた。ま、触っちゃったからしかたないけど。ペンギンコーナーはお約束ということで、写真とったり、見ててかわいいなあ。

 公園も広くて、海も近いし、東京のエアポケットを散策するという意味で(どういう意味?)葛西臨海公園の存在価値は高いと思った。なんてったって行政の肥大化だし(まだ言うか?)。

 

 長崎の夜。裏道にはネコがいっぱいたむろう。「きゃあ、かーいい!」とネコ系な私はさっそくなでなで。福島大学(に限らず福島)のネコは私の姿を見ると去ってしまうのでつまんない。でも長崎猫はさすが、海の街。逃げない。堂々としてる。そんなわけで5分ぐらいじゃれあって、名残惜しく宿に帰ってしばらくすると、目がかゆい。尋常ならざるくらいかゆい!そのうち悪寒もしてきた。念のため(伊勢・志摩の教訓を生かし)に持ってきてよかった薬を飲むも、体調最悪。反省会の際も気分が悪くブルーになる。どうしてネコ好きがネコアレルギーにならなきゃならないの?こんなにもネコを愛しているというのに。わたしとは結ばれない出会いなのね、と自分の体質を呪う。

 

 光があれば、陰が生まれる。ハウステンボスなど新しい観光スポットが注目を浴びる中、消えていくもの。長崎水族館は、長崎観光開発(株)が運営主体になって昭和40年代にオープン。しかし設備の陳腐化、入場者減の悪循環を繰り返してとうとう来年の3月をもって閉館になるそうです。最近では長崎の観光ガイドにものっていなかったので、コンビニでマップルを立ち読み、おおよその見当を付けてギリギリまで路面電車で行き、バスに乗り換え。さいわいバスの系統には「水族館経由」があった。バスでゆられること15分、外見が、こじんまり。怪しいと思いつつ入場券は、1100円。まずは順路通りに歩くと小さい水槽がならんでいる。照明も「経費節減のために消しているんでは?」と思うほど、暗い。歩いてるうちに「これでは、閉館もしょうがないのかなあ・・」とブルーになってくる。ここにも磯再現コーナーがあったけど、幸い?客がいなかったのでヒトデもカニも生き生きとしている。さらにブルー。

 長崎水族館は知らなくても、「フジ」というペンギンの物語は知っている人もいると思う。南方洋で氷にのって漂流していたペンギンを日本の遠洋漁業船(たぶん大洋水産→いまのマルハ)が見つけ、ニッポンまで連れ帰って長崎水族館で飼われることになったお話。小学生の時この物語を読んで、感じるものありましたね。ペンギン飼育の世界最長記録を記録したフジも亡くなってしまったんだけど、なんと現在は「ぎん吉」がその記録を破って更新しているという。さっそくペンギンをのぞくと、いた。一匹だけほかのペンギンとはちがい明らかに齢重ねてるなあ、という顔しわのあるペンギンが。ぎん吉くん、えさを食べるときも職員の人からむりやり口に入れさせられている(そうしないと、食べれなくなる)。ホント、長生きしてね。同じところで、新しい命も。ひなが2匹ばかり、親鳥に守られて育っているのも確認できた。この先どうなるんだろうと不安を隠せない。

 この日は夏休みということもあって小動物のオサワリコーナーも設けられていて、うさぎとかひよこにも触れてよかった。ペンギンにも触れたよ。その後、大きな池にでると恋が、もとい鯉がいっぱい。100円で鯉用丸型決戦兵器を購入、餌付けなどをしたもののまわりうじゃうじゃのハトに逆上、ついにハトのATフィールド(絶対領域)の中和に成功!ついでにあひるの餌付けなども楽しんだのでした。

 付属の遊園地、かなりわびしい。いい天気なんだけどなあ。乗り物券300円を購入し、ちっこいジェットコースターに乗る。もちろん客はぼくひとりで出発。ガタゴトと走る感覚は10年前八木山ベニーランドで乗った古ーいほうのジェットコースターの感覚に似てた。

 

さようなら長崎水族館。ちょっとセンチになりながら、この地を離れたのでした。

 

 

のりもの編.実地研修に、感動する。

 最近Myブームなアーケードゲームといえば、電車でGO!そんなわけでーンライトながら〜九州乗り継ぎの空き時間を利用して実際にゲームで使われている路線を見に行っちゃおう!

初級・山陰本線亀岡〜京都。ゲームでは旧線で現在は嵯峨野観光鉄道になっている部分が使われています。そこで、京都からホリデー快速に乗りまずは亀岡へ。そこで折り返し馬堀に戻り歩いてトロッコ亀岡駅に行く(最寄り駅はJR亀岡駅じゃないので注意!)

 そこには「トロッコ列車といっしょに写れる!」という説明のプリント倶楽部が設置してあり、「こんなところにご当地プリクラが?」とわくわくしたところ、超がっかり。行って見て確認してください。

 トロッコに乗ると、橋を渡り、川を左手に眺める。「この景色、そのまんまぁ!」と感動。本当にゲーム画面がフルカラーで現れてくる。25キロしか出ないのでスピード感は全然違うけど、のんびりゴトゴト走る雰囲気が、いい。川には渓流下りをする船が平行して運行していてお互い手を振り合ったり。「あっ、ここは注意信号制限45キロだ!保線区のおじさんには警笛ボーナス!」さすがに保線の人はいなかったけどゲームにも出てくる小さな小屋はそのままあって、感動。まもなく保津峡にかかろうかというときに突然鬼が乱入!子供たちにたいそうこわがられるけど、触るといいことあるらしい。さすがに恥ずかしかったんで触らなかったけど。その後鬼は保津峡で降りてトロッコが消えるまでホームで手を振っていました。サービスおう盛ですなあ。その後もトロッコはガタゴトと走りつづけ、トロッコ嵐山駅はなんとトンネルの中、出発すると山陰本線の新線に合流してトロッコ嵯峨駅に到着。約30分、ひとときの鉄道旅行を楽しんだのでした。いちどのってみることをオススメします。

 山陰本線に乗り換えた後はリサーチを続けるためかぶりつきに陣取るが車内が込んできたため運転士の挙動を確認するのがむづかしい。京都よりの路線はかなりの部分が高架化されていたので、ゲームとはかなり雰囲気が異なっていた。丹波口からはほとんどそのまんまの景色で、感動。無事に京都駅山陰線ホームに滑り込んだのでした。

 

 お昼になったので、もちろん上級、東海道本線“快速”京都〜大阪に乗る。新快速は違うので要注意。新快速が頻繁に出ているので、快速に乗る人はあまり多くはなくシートには座れるのだけれどもちろんかぶりつきに陣取る。さっそく出発進行。いきなり制限35キロの出発シーンが再現されて、感激。向日町を過ぎたあたりに見える京都総合運転所はゲームだとあっさりすぎていってしまったけど、実際はかなりでかく、車両もたくさん留置されていた。ゲームでは山崎は通過するけど実車は停車。山崎駅前の踏切を見て「ここは警笛ボーナスだよな」などと考える。さて、初めて東海道線をプレイして高槻駅進入をしようとしたときの「制限、40キロ」は大変なショックだった。実際には45キロ制限だったのでなるほど関心した。ゲームでは高槻を出発するところで新快速に抜かれるけど実車は山崎に止まるのでここでは何も起きない。その後茨木〜新大阪と止まっていくが、立っていて疲れてくる。ゲームでは20分もあればクリアできるけど、実際に乗ると結構な時間がかかるのだ。ゲームでかなり大幅な短縮をしているのにもかかわらず雰囲気を壊していなかったのはさすがタイトーだと感心。新大阪から左記はこの当時プレイしたことがなかったのでよく分からなかったけど、実際にクリアしてみるとほぼ忠実だったように思う。

 インターネットの情報で、関西の運転士は停車直前にブレーキノッチを0に戻し1秒後にブレーキ8で止める(停車ショックを軽減するため)、ということを聞いていたのではたしてそうやっていたかと確認しようとしたけど、よく見えなかったので正確なところはつかめなかったけど、ブレーキ0にしていたような雰囲気はあった。

 こうして、実地研修は大成功のうちに終わった。

 

 

3.わすれもの編 お約束ですけど、オチあり

 長崎水族館でブルーになった後は早速お土産買って帰らなくちゃあ!ということで電車を乗り継いでカステラのメッカ文明堂総本店へ。親からは「メジャーな文明堂じゃなくて別なところの方がうまい」といわれてたんだけど、言ってる本人は長崎に行ったことはないのだからはなはだ怪しい。せっかくだから、というわけで文明堂なのです。「カステラいちばん電話はにばん・・」というおなじみのCMは福島ではかなり昔午後5時30分のアニメ再放送の時間にやってたなあ、などという昔話は置いといて、おこずかいをくれた祖母のための分も含め0.75号と1号の2本を購入。ほくほくしながら長崎を出発したのだった。

 鳥栖で特急みどり(ハイパーサルーン型)に乗り換え、ゆったりと博多へ向かう(←北九州ワイド周遊券ありがとう和美ちゃん!本当に感謝してます)。S-DATではなくヘッドフォンプレーヤーで音楽を聴きながら博多駅へ滑り込む・・。さあ、ムーンライト九州号へは乗り換え時間がたった15分だ、どこかで駅弁仕入れなきゃあ、とそわそわしながらホームに降り立ちダッシュで改札口をぬける・・はっ!

「か、カステラ・・・」

 そうなのです。手に持っているべき文明堂の紙袋がないのです!「やばいやばい!」とダッシュで車内に戻る、でも、ない。ハイパーサルーンは1両2室の特殊構造のためここだと思われる2室を探しまわっても、ない。そのうち「まもなくドア閉まります」という案内を聞いて、出ざるを得なくなり、脱出。ハイパーサルーンはするすると闇に消えていった。

 そんなわけでムーンライト九州内での私の機嫌は悪くなり、まわりにこんな話をするわけにも行かず、なかばキレ気味にビールを飲み干したのだった。自分への情けなさを流し込もうと。

 

 通常ここで話は終わるわけなんだけど、続きはある。九州まで行ったからには何としてもお土産は買わなくちゃ行けない。そこでふと頭に浮かんだのは、上野駅にある全国のお土産店。「そーだ、上野で買ってもばれないだろう!」ということで東海道線・御殿場線を乗り継ぎ上野へ。そこにはちゃんと博多の辛子明太子が売っていた。どーしようかなあと思いつつ、やっぱりカステラへの愛着はある(食べたい)借りは返してやるぜ!と文明堂でカステラ巻を2箱購入。おかげで金がスッカラカン。

 スーパーひたちに乗り込みいわきのマイホームに無事到着。そこで「これあけてもいい?」ときたので「どうぞ(早く食べたい)」と包装紙がはがされるのを見届ける・・はっ!

書いてあった文字、それは

にほんばし銘菓

最後の最後になって奈落の底に突き落とされたのでした。

 

文責:「ふくしまのムツゴロウさん」との異名を取る諫早湾干拓推進派の猪狩祐介


所蔵:プラットフォーム15号 1997/11

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