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花火の環境工学


速星 千里


 頭上で、大輪が花開く。
 山々が、微かに立体感を主張する。
 水面が、ほんのりと色づく。
 あの人の表情が、華やかになる。

……花火が創り出す、美しい光景。しかし、その美しい光を放つ花火にも陰の部分があるということを、忘れてはならない。


☆          ☆


重金属汚染

 リチウム(赤色)、ナトリウム(黄色)、銅(青緑色)など、金属イオンと炎色反応の色の関係を、中学校の理科第1分野や高校の化学の授業で学んだ記憶があるだろう。
 花火の色は、この炎色反応を利用して表現されている。火薬の中に、色火剤と呼ばれる金属化合物が入っているのである。
 では、色を出した後、それらの金属元素はどうなるのだろうか?
 消えてなくなるわけがない。もし花火でそんな変化が起こっていたならば、ドルトン(Dalton John:原子説の提唱者。1766〜1844)もびっくり。ノーベル賞どころの騒ぎではない。
 入っていた金属元素は、何らかの化合物として空気中に飛散することになる。そして、いずれは降下し、地表面や水面に沈着する。あるいは、雨で洗い流されて地上に到達する。その中には、銅(青緑色)やストロンチウム(深赤色)といった重金属も含まれる。土壌や水系の重金属汚染が懸念される。


二酸化硫黄

 花火は酸化剤、可燃剤、そして前述の色火剤からなるが、このうち可燃剤には、硫黄が用いられることもある。
 硫黄が燃えれば、当然、二酸化硫黄が発生する。二酸化硫黄は無色で刺激性の強い気体であり、気管支炎や喘息を引き起こす。空気中の濃度が0.012%以上になると人体に害があるともいわれる。また、酸性雨の原因物質の一つとしても有名である。
 そのため、二酸化硫黄の排出量は大気汚染防止法によって厳しく規制されている。施設ごとの量規制、工場全体での総量規制、あるいは燃料使用基準など、様々な規制が存在する。
 しかし、花火は工場ではない。従って、規制は適用されない。どれだけ排出しても、大気汚染防止法には引っかからないのである。黒色火薬の場合、全重量の10数%は硫黄だというのに……。


二酸化窒素

 ものが空気中で燃えるときには、必ず、空気中の窒素と酸素が反応して、二酸化窒素が発生する。花火とて例外ではない。
 二酸化窒素も刺激性の気体であり、鼻や喉を刺激するほか、呼吸器系統への慢性的な作用、気管支や肺機能への影響などが指摘されている。世界保健機関によれば、空気中の濃度がわずか0.5ppmでも、人体に対する強い影響があるとのことである。また、水に溶けると硝酸になるため、二酸化窒素は、酸性雨の原因物質でもある。
 例えば自動車は、排気ガスを三元触媒と呼ばれる触媒に通すことによって、発生した二酸化窒素を分解している。だが、上空で炸裂した花火の排出ガスを、触媒に通せるはずがない。二酸化窒素は、そのまま空気中に放出されてしまう。


浮遊粒子状物質

 花火の後には、多量の煙が残る。煙は、ススなどの微粒子からなる。粒が小さいために風で巻き上げられやすく、空気中を長時間にわたって浮遊する。こういった粒子は呼吸器系に入り込みやすく、気道や肺胞への沈着を起こして、呼吸器疾患の原因となる。
 大気汚染防止法は浮遊粒子状物質についても規制を定めているが、やはり花火には適用されない。


☆          ☆


 ここまで、あたかも花火が公害の原因であるかのように書いてきたが、花火による環境汚染など、日本全体でみれば微々たるものである。工場や自動車によるものとは、比較にならない程度である。よほど大量に打ち上げない限り、騒ぐほどの事態にはならないだろう。
 しかし、そこには社会の縮図がある。
 技術や経済の輝かしい発展には、いつも陰の部分が存在した。我々はしばしば、陰の部分に目を瞑り、恩恵のみを享受してきた。だがその一瞬の華やかさの後には、大きなツケが残った。自然に、時には人間にまでも、そのツケが回ってきた。土壌汚染然り、大気汚染然り……。

 一つ一つの技術ですら、このありさまである。
 近代文明という盛大な花火大会が全て終わった跡には、いったい何が待ち構えているのだろうか。

(以上)


© 2003 Chisato Hayahoshi


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