このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

怒りの部屋’00
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少年法を考える

2月29日、大阪高等裁判所で出された「少年事件の実名報道」についての民事裁判の判決をたたき台にして、少年法について考えてみよう。
まず、簡単に2審判決までの流れをおさらいしておく。
98年1月、大阪府堺市で通学中の女子高生、通園バスを待っていた5歳の幼稚園児とその母親が包丁で刺され、園児が死亡、母親と高校生が重傷を負った。
犯人として当時19歳の少年が逮捕、家裁からの逆送致を経て刑事裁判として起訴された(刑事裁判の経過については、以下省略する)。
その後、新潮社が発行する月刊誌で少年の実名と顔写真が報道された。
少年は「報道は少年法61条に違反し、実名報道をされない権利を侵害された」として、新潮社などに2200万円の損害賠償を求めて提訴した。
98年6月の1審判決は少年の主張を認め、被告に250万円の支払いを命じた。
これに対し、今回の2審判決は「少年法61条の既定は、実名報道をされない権利を保障するものではなく、表現の方法が社会的な正当性を欠くものでない限り適法で、権利の侵害とはいえない。
この事件は凶悪重大事件で、被害者側の心情も考慮すると今回の報道に違法性はない」として、1審判決を破棄して原告の請求を棄却した。
私の感想をまず一言で述べると、控訴審の判決を支持する。
理由は、自分の欲望でシンナーを吸引した上、酩酊状態で3人を殺傷した人間を社会的に保護する必要があるのか、という基本的な問題に対する答えを「否」とするためである。
我々誰もが常に結果責任を問われながら生活を送っている。
間違いを犯せば必ず法という力より制裁を加えられる。
少年だという理由だけでその当然のルールを崩壊させるならば、この国はさっさと法治国家の看板を下ろすべきなのだ。
今回の件で言えば、(新聞の記事ではほとんどふれられていないが、あるニュース番組ではしっかり報じていた話で)少年側(今は少年ではない)はこの裁判に勝訴し、勝ち取った賠償金で被害者に補償しようというもくろみだったという。
とんでもない話で、借金を返すために強盗するという話とレベル的には全く同等の話である。
最後に私の本音を書いて結びにしよう。
今回はたまたま実名報道が問題になったために話が矮小化してしまった感があるが、もともと少年法自体に対して廃止すべきであると考えている。
廃止が極論だというのなら、適用年齢を大幅に引き下げるべきだ(小学生まで、百歩譲って義務教育終了時までに適用を制限する)。
日本のモラルが下がっていると言われるが、子供の時からの少年法に代表される甘さが大きな原因であると考えている。
「自由意思による行動」と「勝手気ままな行動」というのは全く違うものなのである。

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●受信日 3/01(水)23:32
●送信者 KTG

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