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平成28年熊本地震





■平成28(2016)年熊本地震

 平成28(2016)年 4月14日夜、熊本県益城町を中心に大地震が襲った。これが本震、という経験則はあてはまらず、翌々 4月16日未明には更に巨大な地震が来襲し、甚大な被害を惹起した。被災した方々にお見舞い申し上げ、また亡くなられた方々のお悔やみを申し上げる。

 この大地震の尋常ならざるのは、気象庁をして「過去に例のない」と言わしめている点にある。もちろん、これは個人としての話が示されているわけではない。近代的観測体系史上初めて観測された例、ということだ。阪神・淡路、中越、中越沖、岩手・宮城内陸、東日本と、近年の日本列島は大地震で騒がしいが、それでもなお未経験領域があるという事実に驚かざるをえない。

 大きな余震が続々と起こっているし、そもそも更に大きな「本震」が来ないという保証もない。たいへんな事態である。

くまモン
がんばれ熊本!
平成26(2014)年ライフ江北駅前店屋上イベントにて撮影(以下同じ)






■九州新幹線も被災

 九州新幹線は 4月14日時点ですでに被災している。おそらくは「つばめ 347号」を車両基地に引き上げる回送列車が坪井川橋梁付近で脱線した。駅出発直後、しかも急曲線連続区間だから、たいした速度は出ていなかったはずである。それでも、当該列車は全車輪がレールから逸脱していたと報じられている。

 すなわち、このたびの地震動はそれほど強かった、ということである。震源もほぼ直下といえる場所であるから、新幹線の誇る地震検知システムが機能しなかった模様だ。この点に関しては、今後調査が進められ、公式のステートメントが出るはずだ。

 それにしても、新幹線は幸運に包まれている、といってよい。もし当該列車が営業運転中であれば、乗客の避難までに難渋を極めたことは確実である。当該列車が営業運転中、しかも最高速度を出している最中であれば、……想像するだに怖ろしい事態ではないか。

くまモン
がんばれ熊本!


 東海道新幹線開業以来、半世紀の長きに渡り、営業列車が大地震に直下から直撃された事例が中越地震「とき 325号」ただ一件に限られている事実は、まさしく「幸運」としか形容のしようがない。これを素直にとらえれば、新幹線営業列車が大地震に直下から直撃される確率は極端に低い、という現状認識になるし、ネガティブにとらえれば、如何なる低確率事象にも対応できなければいけない、という話になってしまう。

 どこで折り合いをつけるか、が人間社会の知恵であるはずだが、後者になびくと『安全神話』をつくってしまうから厄介だ。このたびの地震報道においても、その萌芽はすでに見受けられる。これについては後述する。





■新耐震設計は機能したか?

 九州新幹線は、新水俣−鹿児島中央間が 4月20日から、博多−熊本間が 4月23日から、それぞれ運行再開されている。新水俣−鹿児島中央間については、川内に車両基地がある点が早期復旧に寄与したはずである。博多−熊本間については、地震による損傷が比較的軽微であり、かつJR西日本の車両基地に取りこまれた編成を中心に回しているもの、と推測する(速度制限はともかく間引き運転はそれ以外の理由を見出しにくい)。

 熊本−新八代間では、前記脱線列車が車両基地の入庫ルートを塞いだうえに、インフラが損傷を受けたと報じられたから、復旧までいささか時間を要するのではないか、と危惧していたところ、早ければ 4月28日には運行再開したい、とJR九州が意志表示している( 4月24日時点/ただし新聞報道等による)。

 阪神・淡路大震災により、鉄道の耐震設計は大きく見直されている。その新耐震設計によりつくられたインフラが、実際に大地震の直下直撃を受けた初めての事例が、このたびの九州新幹線被災といえる。もし本当に 4月28日に運行再開できるならば、新耐震設計の基本思想は相当程度具現化できたと考えられる。

 以下「鉄道構造物設計標準・同解説——耐震設計」(運輸省鉄道局監修/鉄道総合技術研究所編/丸善)の一部を引用する。



2章 耐震設計の基本
2.2 耐震設計の原則
2.2.1 一般
(2) 設計想定地震動は、次の二つのレベルの地震動とする。
   L1地震動:構造物の耐用期間内に数回程度発生する確率を有する地震動
   L2地震動:構造物の耐用期間内に発生する確率は低いが非常に強い地震動

2.2.2 構造物の耐震性能
(1) 構造物の耐震性能は、次に示すものとする。
   耐震性能Ⅰ:地震後にも補修せずに機能を保持でき、かつ過大な変位を生じない。
   耐震性能Ⅱ:地震後に補修を必要とするが、早期に機能が回復できる。
   耐震性能Ⅲ:地震によって構造物全体系が崩壊しない。
(2) 構造物の耐震性能は、L1地震動に対しては耐震性能Ⅰを、L2地震動に対しては、重要度の高い構造物は耐震性能Ⅱを、その他の構造物は耐震性能Ⅲを満足するものとする。





 上記に示されているとおり、鉄道インフラはあらゆる地震に対し、ビクともしない状態を求めてはいない。巨大な外力(地震動)に対しては、ある程度の損傷を許容する一方、「早期に機能を回復」すなわち早期運行再開こそが求められる大条件なのである。詳細な検証は今後の公式発表を待つとしても、低速走行新幹線列車が全車軸脱線したほどの巨大な外力に遭って、わずか二週間程度で復旧できるという事実を、まずは確かめておきたい。

くまモン
がんばれ熊本!






■またもや見えた『安全神話』

 しかしながら、足るを知らざるは人間のさがと呼ぶべきか。九州新幹線が大地震により被災・運休した事実は確かに存在するものの、それは尋常ならざる巨大な外力(地震動)による逃れられぬダメージであることもまた認めなければならないはずなのだ。如何なる設計基準があろうとも、設定した以上の外力があれば、インフラは壊れざるをえない。

 ところが、マスメディアは平然と「九州新幹線が運休だなんて耐震設計に不備があったのではないか」という類の『街の声』を垂れ流すから始末に負えない。『街の声』を客観報道に見せかけるマスメディアの姑息は相変わらずとしても、繰り返される以上は敢えて批判しなければなるまい。更には、八幡和郎氏のような影響力がある人物まで、新幹線・高速道の不通をとらえて、

  1)スピードにこだわって本質的に脆弱な設計なのか。
  2)災害に強いように設備の改良で対処できるのではないか。
  3)ソフトの運営方法で改善できることも多いはず。
  4)単に運営主体が過度に慎重なだけか。

 と主張していたのには驚いた。この着想の根底にあるのは「如何なる外力(地震動)に対しても新幹線・高速道は耐えるべき」という、近代文明に対する過度の信頼——自然に対し謙虚でないともいえる——にほかならない。しかも本人は、おそらくこの点に無自覚であろうから、なおさら問題の根が深い。

くまモン
がんばれ熊本!


 所謂『安全神話』とは、この種の素朴な無自覚に支えられているのであろうか。せめて「有識者」と呼ばれる方々には、自然に対し虚心坦懐であってほしい。マスメディアは、勝手に『安全神話』をつくりあげ、ことが起これば喧々囂々と非難を垂れ流す、無見識のルーチンを解消してほしい。繰り返すが、巨大な外力(地震動)があれば、新幹線であれ高速道であれ高層ビルであれ、ダメージを受けること(被災)は免れえない。この単純な事実と因果を認められない限り、大災害から教訓を得ることは難しい、と筆者は考える。





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