このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

 

近鉄の命名権売却に思うこと

 

 

 この「公共交通の将来を考える」には些かそぐわない話題かなとは思いつつ、親会社が関西大手私鉄の雄であることを鑑み、とりあげることにしました。

 

■アイディアは良いとして

 平成16(2004)年 1月31日の夜19時のNHKニュースの冒頭に、中村選手が打つところから始まりバファローズの試合シーンが流れたので、強い驚きを覚えた。NHKがトップニュースとして扱う以上は相当な重みがあるはずだと考えられたからだ。中村選手が移籍でもするのかと一瞬思ったが、移籍が話題になる時期はとうに過ぎている。また、いくら日曜夜という大きなニュースが少ない時間帯とはいえ、近頃とみに緊迫している国際情勢をさしおきスポーツがトップにくる以上、相応の重大ニュースでなければなるまい。さては球団売却か、いやそれでもまだ軽いな、などと思いつつ、次なる場面展開を見守った。

 ニュースの内容は、まったく意外だった。曰く、大阪近鉄バファローズが球団の命名権を売却するのだという。売価は約36億円で、日本一になれば+10億円、シーズン4位以下に終われば−10億円といったオプションもつけられるとも付け加えられた。

 これは良いアイディアだ、と聞いた瞬間に思った。その一方で、このアイディアが受容されることはあるまいとも直感した。

 

■乗り越えられなかった壁

 予想通り、命名権売却に対し好意的なコメントはほとんど出なかった。これは先に紹介したNHKニュースも同様である。街頭インタビューという常套手段は、決して客観性を担保しない。街頭インタビューで示される意見が賛否両論ではなく否一色であった以上、それが当然な市民感情であることを措くとしても、TV画面は編集という過程を経ているのだから、NHKはその方向で世論をリードする意図があると解釈するのが自然であろう。

 バファローズ側が根回しもなくいきなり報道発表した手順が拙速だった、あるいは命名権売却という案そのものが未熟な段階にあった、と評することもできる。しかしそれ以上に、プロ野球というビジネス・システムを覆う頑迷固陋さをバファローズは乗り越えられなかったし、今後も乗り越えられる球団は出てこないだろう、と見たいところだ。

 この一件に関して最も客観的な報道は、平成16(2004)年 2月 7日付の産経新聞社説であろう。以下に引用する。

「球団名売却−−発想を広げて振興策図れ」
 プロ野球・大阪近鉄バファローズ球団名売却構想を断念したが、人気というパイを手にするのは一部で、多くは親会社の支援に頼らざるを得ない球団経営の実状が浮き彫りになった。就任早々で手際よく対応した根来泰周コミッショナーには「このままでは明日はない」との危機感で大胆な改革の先頭に立つことを期待したい。
 近鉄球団は年間経費のほぼ半額に相当する三十億円を親会社の近畿日本鉄道から広告費などの名目で資金援助を受けていた。三十五億円でチーム名の売却までも計画したのは、経営環境の厳しい親会社から今後の支援が難しくなってきたからだ。
 協約上問題ありとするオーナーたちの猛反発で撤回となったが、複数球団の関係者から一定の評価を得たことも軽視できない。それは「台所事情は同じで可能なら同調したい」という心境からではないだろうか。・・・・・・(後略)

 例えば、中村選手の年俸は約5億円に達するという。中村選手の豪快なバッティングは、確かに見る者の目を魅きつける。ファンからの人気も高い。しかしながら、5億円という年俸の設定は妥当なのか。一試合あたりのバファローズの観客動員数は、高々2万人程度だという。これに客単価を乗じ、必要経費を減じていけば、バファローズにはいわゆる「○億円プレーヤー」など存在しえないと容易に理解できる。中村選手の資質に関わらず、バファローズには一選手に5億円もの年俸を拠出するほどの収入などないはずだ。たとえ選手年俸総額が12球団中最下位に近い水準であったとしても。収入の裏打ちがないというのに高額年俸を出せる、という判断は極めて理解しにくい。

 これはバファローズに限らず、パシフィックリーグに所属する各球団に共通する問題である。例外となりえるのはホークスだけだろう(それもあくまで単年度決算ベースの話)。先に引用した社説では、「米大リーグのようにテレビ放映権の一括管理と均等配分方式の導入を早急に検討すべき」と提案しているが、はたしてこれだけでいいのか。

 

■問題の根本

 プロ野球には、大きな通弊がある。それは「親会社から広告費などの名目で資金援助を受け」の部分であり、単独採算が成立しない球団の赤字は親会社が補填するという慣行が是認されている。是認どころか推奨されている、と認識した方がよいかもしれない。これは球団経営の前時代性を端的に表すものである。球団の最高意志決定者の「オーナー」という肩書が示すとおり、球団は有徳人の所有物である。従って、球団経営は有徳人の道楽のレベルで動かざるをえない。

 そうはいっても、球団は会社組織であるから、会社経営の原理で動かなければならない。このたびの一件は、近畿日本鉄道は赤字補填額に広告費ぶんの価値を見出せなくなったということにすぎず、その価値を見出せる別の会社を探すために「命名権売却」という案を打ち出したにすぎない。近畿日本鉄道は、球団を経営する主体と、広告費として36億円を拠出する主体とを分離したい、と提案したのである。

 これは現時点において、球団経営とプロ野球運営を健全化する最適解であろう。しかし、他球団オーナーはこの提案を顧みようともしていない。バファローズ側の拙速には批判を受ける余地があるとしても、また命名権売却が認められないならば大阪ドームからの撤退がありえると開き直る姿勢はよくないとしても、他球団オーナーの姿勢は頑なにすぎる。

 特に「重大な野球協約違反であり阻止する」としたG球団オーナーの頭には、球団経営という観点が欠落しているのではないか。もしそうであるならば、このオーナーの見識はむしろ独善に近いと評するべきであろう。もっとも、独善が許されるからこそ、プロ野球という世界では堂々と「球団保有者」を名乗れてしまうということなのか。

 球団命名権売却が重大な野球協約違反であるならば、球団の親会社は球団経営の赤字を広告費などの名目で拠出できる組織に限る、と協約に明記するべきであろう。野球協約に記されている球団参加資格は「発行済資本総額1億円以上の日本国国法による株式会社」「外国籍持株総計は総資本の49%未満」の2項だけである。球団名変更については、実は協約上の項目さえ存在していない。従って、球団命名権を売却するならばどのような手続が必要なのか、というところから審議を始めなければならないはずだが、ほとんど一方的に手順前後の非を鳴らし検討すらしないというのは、頭が固いにもほどがある。

 「経営が苦しいのはわかるがリーグのイメージダウンにならないように慎重に行動してほしい」としたL球団オーナーには、球団経営にひととおりの理解があるとしても、大阪ドームの経営まで成立させる仕掛を考案するほどの意欲はないと見受ける。

 

■なんとも不快な空気

 バファローズ球団の命名権売却をめぐる一件に関しては、たまらない不快感を覚えざるをえない。NHKニュースでこの件がどのように報道されたかは、本稿の最初に言及したとおりである。この件をなぜトップニュースとして扱わなければならなかったのか、謎は今でも解けてはいない。そして、この謎を合理的に説明するためには「某球団オーナーに向けて送られたNHKのエール」と邪推する以外にないのだ。

 プロ野球そして球団経営というビジネス・システムが著しく前時代的であることは既に記してきたとおりである。それだけのことならば、批評こそすれど不快を覚える必要などないに違いない。しかしながら、マスメディアが個人たる一球団のオーナーに媚びを売る姿勢を示した、少なくともそうとしか解釈しようのない報道姿勢をとったことは、著しく不快であり憂うべきであろう。われわれが住む世界は所詮マスメディアが提供する情報に縛られており、そのマスメディアが一球団オーナー(ある大新聞の取締役会長でもある)に擦り寄る姿勢を示した以上、世に流布している報道は業界楽屋話的な配慮で左右される程度の軽い内容でしかないと知れば、不快と憂いを覚えるしかないではないか。

 

 

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