このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください





こんなことを「事件」にするとは……





■「事件」の顛末

 平成19(2007)年 5月 9日の朝、JR北海道留萌本線 4922Dにおいて、秩父別から乗車しようとした高校生約55名のうち、車内混雑のために26名が乗車できず、タクシーで代替輸送されたという。

 本件に関しては、JR北海道は高校生がデッキに滞留し、車内に詰めるよう促したものの従わなかったと、高校生のマナーの悪さを主張している。その一方、高校生は車内混雑の激しさを主張し、特に高校職員は増結すべきと訴えている。

  毎日新聞報道 によれば、翌 5月10日の 4922D利用状況は以下のとおりであったという。

   留萌発時点    7名乗車
   途中駅で     2名乗車
   石狩沼田で  約70名乗車
   秩父別で    55名乗車
   深川着時点  約134名乗車

 筆者は本件を 5月11日朝のテレビニュースで見ることになった。高校職員ら立会のもと、キハ54車中に約55名を詰めこむ作業にいちおう成功したことがわかった。しかしながら、ワンマン単行列車の混雑としては極限と形容してよいほどの状況であることは疑いの余地がなく、これ以上の詰めこみは至難であると見てとれた。以下、問題点を箇条書きしつつ、雑感的に記してみよう。





■コメント

 率直にいって、JR北海道の対応は拙劣にすぎたといえる。

 まず 5月 9日の段階で後部扉を開放すればよかった。高校生が定期券を持っていることはわかりきっているのだから、その場で融通をきかせることができなかったものか。そうすれば、全員は無理でも押しこみが相当に効いたはずであろう。【問題1:現場での即時判断の不適】

 その前段階の話として、混む列車とわかっていながら、通勤通学の混雑に対応しにくい車両を運用しているのが大問題といえよう。せめて両端部ロングシート車両を充てるべきではなかったか。増結する前にまずそれを試みるべきで、それでもなお状況が厳しければ増結、という段取りではなかろうか。【問題2:充当車両の不適】

 いずれにしても、この程度の「事件」を、いたずらに全国放送で流される事態に大きく発展させ、マスコミのいわば玩具にさせてしまった情報(あるいは危機)管理能力は特筆ものであろう(それによって実状が天下白日のものとなったのは皮肉というしかないが)。さらに、原因を高校生のマナーに帰してしまったことは、いささか問題含みといわざるをえない。高校生の挙動にまったく問題がなかったわけではないとしても、全面的な責めを負うほどの落ち度であったとはいいにくい。東京など大都市圏の通勤電車でも、扉付近の寿司詰めは座席部に拡散しにくいものなのだから。【問題3:原因把握と広報の不適】

 いくら短い区間とはいえ、 4922Dの混雑が激しいことは確かであり、ほんらい増結対応するのが筋であろう。しかしながら、JR北海道には増結をしたくない事情がある。それは 4922Dが増毛発の始発列車であり、前夜の終列車を含め 2両編成で延々と運行するのは辛いからである。これが留萌発の列車であれば、わりと簡単に増結を決断できたかもしれない。

 さらにそれ以前の話をすれば、現下の留萌本線といえば閉塞区間が極端に長く、深川−28.3km−峠下−21.8km−留萠−16.7km−増毛となっている。これでは運用が硬直化するのも当然で、例えば深川−石狩沼田間に増発列車を設定するのも容易ではない。混雑区間は石狩沼田→深川間わずか14.4kmなのだから、 4922D以外に通学列車を仕立てることを発想してもあながち無理筋とはいえまい。かの深名線でさえ、天塩弥生←→名寄間の通学列車が設定されていた時期があるのだから。【問題4:極限まで進んだ合理化への過剰適応】

 詰まるところ、JR北海道は自らの合理化努力により、自らの名を貶める事態を招いてしまったわけだ。実際の利用者が少なければ、合理化を極められても苦情をいう筋合いはないところだが、実は 4922D利用者は増えている。先の毎日報道によれば、 4922Dを利用する通学生は昨年比約30名増と伝えられている。ならばこれに対応し、輸送力を増強するというのが、公共交通機関としてのあるべき姿ではなかろうか。





■追加コメント

 本件に関しては、以下のような論評が見られた。

 ……ワンマンカーなので、使える入り口はひとつだけ。やっぱり入り口がぎゅうぎゅうだ。
 理由は明らか。互いに譲り合って、なんていう気がないのだ。うしろの方はまだ余裕があるのに動かない。JR職員が走り回ったり、先生が「がんばれ」といったり、4分かかってようやく全員乗れた。
 みのもんたは「横須賀線で『奥へ』といったことがある。マナーが悪い。『1両ふやせ』は安易すぎる。地域に必要なものなんだから、もっと大事にしなければ」といった。
 が、彼らがそうは思っていないのが、やりきれない。日本全国がこうなんだ。
   J-CASTニュース(2007/5/11版)より

 この記事にはクレジットが付されていないため、誰が記したか不明である。映像だけで論評することじたい危うさの伴う行為ではあるのだが(無論筆者にも同じことがいえる)、映像から得られる情報に対し理詰めで考察することなく、「高校生=マナー悪い」と感覚的に決めつけている形跡がうかがえる。限定された情報源からでも、客観的分析を加えることは充分に可能であるはずなのに、どういうことなのだろうか。かくも貧弱な紋切り型の切り口しか示せない文章は、読んでる側からするとやりきれない。でも、しかたない。おそらく、日本全国がこうなんだろうから。





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