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誰が得する?〜〜泉北高速鉄道民営化へ





■報道の推移


大阪府 鉄道三セク株売却へ
改革案「泉北高速鉄道」など


 大阪府の橋下徹知事直轄の改革プロジェクトチーム(PT)の改革案で、府が出資する鉄道関係の第三セクター「大阪府都市開発」(和泉市)と「大阪外環状鉄道」(大阪市北区)について、府の持ち株を売却する方針を盛り込んでいることが八日、分かった。

 ……(中略)……

 ……大阪府都市開発は、……一九七四年度以降は黒字を計上し、府は年間一億二千万円の配当金を受け取っている。……

 大阪外環状鉄道は……〇七年三月期には約六千八百万円の純損失を計上している。新大阪−放出間が二〇一々年度に完成した後に株式を売却する方針。

 ……(府の)改革案では、「事業の安定や公共性のため府の関与は必要」などとして二社の存続方針を決定。しかし、橋下知事は「行政が会社を経営するのは非効率。黒字の三セクでもゼロベースで見直す」と、全出資法人の見直し作業を進めていた。



日本経済新聞平成20(2008)年 4月 9日付記事より



泉北高速運営三セク民営化へ
大阪府手動の売却曲折も
株主間の合意課題/南海、鉄道取得を検討


 大阪府は九日、泉北高速鉄道を運営する第三セクターの大阪府都市開発について、完全民営化を目指す方針を正式決定した。鉄道、物流など事業を分割、売却する。一部株主や同社から異論が出る可能性もあり、株主間の合意形成や売却価格の算定方法など課題は山積する。厳しい府財政にとって売却益は恵みとなるが、黒字経営を続ける「優良な三セク」を手放すことには慎重論もあり、民営化の交渉は曲折も予想される。

 ……(中略)……

 ……橋下徹知事は記者団に「三セクとしての役割は終わり、民営化によって活性化という大きな方向が固まった」と語った。ただ、一部株主からは「資本政策は会社が決めること。過半数の株を持たない府が決めるのは疑問」との声が出ていることなどから、具体策についての明言は避けた。

 府都市開発は一九七五年三月期以降、一貫して黒字経営を続けている。二〇〇八年三月期末には大阪府に二億四千万円の配当を支払った。府議会の一部には優良資産の売却に慎重な意見もある。……

 ……(中略)……



民営化推進、官の役割限定
「だれに利点」説明責任負う


 大阪府は……府都市開発の事業の大半に「公的に関与する必要はない」と判断した……。

 ただ、ここに至る府内部の議論を見ると疑問も残る。……同社に出資する企業からは「なぜ民営化なのかあいまい」との声が出ているという。

 民営化が「府民利益」の視点に立っているかどうかも明確でない。……少なくとも民営化しない場合に府に入る配当と、売却で見込まれる収入とのシミュレーションを示す必要があるだろう。

 鉄道事業では「南海電鉄が取得すれば一体経営になり料金を下げられるのでは」と期待する声も出るが、同社が泉北高速鉄道の路線を別会社方式にすればそうならない可能性もある。

 だれにとってメリットのある民営化なのか、優良資産を手放す以上、府にはその意義を丁寧に説明する責任が求められる。

(大阪地方部次長 川上寿敏)



日本経済新聞平成21(2009)年 4月10日付記事より





■自治体の責任

 自治体が会社を経営することの意味はケースにより多種多様であるが、そのなかの一つには「事業の遂行に自治体が責任を持つ」ということが含まれる。公共投資としての必要性があり、かつ民間からの投資だけでは事業が遂行できないような場合、自治体が出資し、経営に関与することを通じて事業を具体化させるわけだ。第三セクター方式(以下三セク)はその最も典型的な手法といえる。

 よく三セクの無駄・失敗事例が批判されている。結果だけを見れば批判は肯んじざるをえないとしても、自治体はその地域に対する責任を負う以上、地域振興に資するさまざまなプロジェクトを展開せざるをえない。多くのプロジェクトのなかに失敗事例が出てくることはやむなき仕儀なのだ。……勿論、自治体の失敗を正当化するわけではない。つまりはこういうことだ。

 あるメーカーが○○県の工場で利益を上げられなくなれば、例えば中国やインドに工場を移転する、という経営判断はありうるだろう。しかし、自治体はそうはいかない。もし○○県の財政が傾いたからといって、中国やインドに県庁を移転できるわけがない。自治体とはきわめてドメスティックな存在であり、立地している地域とその住民に対する責任を最後まで持つことになる。

 大阪府も当然、例外ではないはずだ。三セクに出資しているとは、基本的には当該事業の遂行に自治体として責任を果たす意志表示であり、三セクが利益を上げて配当を得ればさらに良し、というところだろう。ただし、三セクが利益を出せないと話が違ってくるし、自治体そのものの財政とも関わってくる。

 橋下知事は、大阪府の財政再建を公約に掲げ当選した。大阪府の財政が傾いているならば、これを再建しようという意志は正しいというしかない。しかしながら、配当を出している三セクまで民営化する、となると「財政再建」以外の色が混ざってくる。橋下知事のいう「行政が会社を経営するのは非効率」とは、実は「財政再建」とあまり関わりがない。むしろ、所謂「小さな政府」を志向する、きわめてイデオロギックな発言といえる。

 「財政再建」という派手な衣を着て、「小さな政府」志向なる本心が隠されているから、なかなか食えない人物である。もっとも、橋下知事の政治活動に関しては、借金整理人の手法と同じという評もある。単純に、売れるものを売って借金を減らす、というわけだ。真意は本人のみぞ知る。

 いずれにしても、自治体としての責任を放棄し、しかも長期的な利益の源泉を手放すという両面において、橋下知事の判断には危うさが伴うと指摘しなければなるまい。短期的利益を追求しがちな日本経済新聞において、泉北高速鉄道の民営化方針を疑問視する論調が示されているのだから、誰の目から見ても疑問が伴うと言い切ってさしつかえなかろう。





■泉北高速の民営化で誰が得するというのか

 引用記事中にいみじくも記されているとおり、「だれにとってメリットのある民営化なのか……説明する責任が求められる」のである。ちなみに筆者の私見では、民営化すると株式売却する大阪府以外はメリットを享受できない可能性が高く、悪くすると株式売却益を得るはずの大阪府でさえ利益を逸する事態も考えられる。

 民営化すれば、運賃値上げや賃金切り下げなどにより、民営化会社の利益は三セク時代より増えることが確実である(より大きい利益を出せる見込みがなければ新株主は経営に参画してこないはず)。最も極端な断面を想定するならば、利用者も職員も不利益を被るという事態がありうる。鉄道は国土交通省の監督下にあるから運賃値上げはまず考えられないにしても、運賃が値下げされる保証はまったくない。同様にサービスが向上する保証もない。自主的な経営権がなかった国鉄を民営化するのとは話が違うのだ。

 さらに極端な事態を想定すれば、株式売却した大阪府まで不利益を被る危険性さえある。民営化後の配当金(のうち大阪府出資相当分)の累積が、株式売却益を簡単に上回る事態になれば、大阪府はかえって損をしたことになるからだ。

 もっとも、誰にもメリットがない、とするのも適切ではない。民営化会社及び新株主は大きく受益する可能性が高いからだ。近年よくいわれる「○○改革」とは、詰まるところ既得権益付け替えの別表現にすぎないことに留意する必要がある。泉北高速における現在の権利者(=責任者)である大阪府、即ち府民の利益は、守られてしかるべきではないか。府民の利益を軽々に安売りしてはいけない。

 ただし、万々一にも民営化会社が利益を出せなければ、事態はさらに深刻の度を増してしまうことをも付記しておかなければなるまい。民営化会社でさえメリットを享受できず、しかも事業の公共性から公的補助が必要……なんぞという展開になれば、まったくもって本末転倒となってしまう。

 三セクのまま経営を効率化して、より大きな配当を出せるようにすれば、誰にとっても間違いなくメリットがあると思うのだが、これは筆者の浅慮だろうか。利益があまりにも大きくなりすぎ、民業圧迫という批判が出てくれば、別次元の観点で民営化はありうるとしても、少なくとも「財政再建」という目的には充分かなうはずではないか。

 橋下府政の財政再建には、目先の資金確保を優先するあまり、自治体の健全経営を推進するエンジンを失う危険が伴っているように思われてならない。





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