このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください





JR東海名松線末端部廃止へ





■詳細さに驚く

 平成21(2009)年10月初旬に日本列島を通過した台風18号は、経路が伊勢湾台風に似ていることから、強く警戒されるなかを上陸した。幸いにも伊勢湾台風のような甚大な被害をもたらすことはなかったものの、日本列島がまったく無傷というわけにはいかなかった。JR東海名松線は、台風18号による被害を受けた一つの断面である。

 その名松線の末端部である家城−伊勢奥津間について、この10月29日、JR東海は廃止を表明した。もっとも、文面を見ると「恒常的なバス代行」と解釈できる状況であるが、法律上・手続上の扱いは鉄道路線としての廃止になるものと予想される。

    JR東海プレスリリース
    同別紙

 分割民営化後のJRが路線廃止(あるいは経営分離)するのは決して初めてではない。災害により鉄道が廃止に至る事例もまた、決して珍しいことではない。

 しかしながら、被災状況をここまで詳細に公表したというのは、おそらく初めての事例であろう。しかも、専門誌にではなく Web上で幅広く世に知らしめたという点でも、特筆大書に値するといえる。

 さらに、このたび大きな被害を受けただけにとどまらず、中長期的にも「大きな被災が発生する恐れや長期にわたる運転規制等を行わざるを得ない」ため、「安全・安定輸送の提供という当社の基本的な使命を全うでき」ないとすることで、鉄道路線として営業継続する方がむしろ良くないという論理展開を行っている。この発想は斬新である。ただし、この論理展開には若干の飛躍がある。

 情報を受ける側からすると、家城−伊勢奥津間の乗車人員が90名という時点ですでに、鉄道としての使命は終わっていると考えざるをえない。輸送密度は最大の断面でたかだか 180名/日kmにとどまるわけだから、交通機関としてたいそう非効率であることは間違いない。かくの如きわかりやすい論理を敢えて使わず、台風被害の甚大さと名松線を今後も鉄道路線として維持し続けることの至難さを訴求する道を、JR東海は選択した。時代は変わった、と痛感する。



 遠からずして、名松線家城−伊勢奥津間の鉄道営業廃止は合意に至るであろう。その際、初動期におけるJR東海の情報開示の懇切さが史書に刻まれることになるのだろう。とはいえ、その背後には、利用者数が極端に少ないという客観的事実がひそんでいるわけで、いわば暗黙の了解が隠されている。否、それは暗黙の了解と言い切っていいものか。

 先に記した論理の飛躍とは、「当社の基本的使命を全うするため名松線の大改良を行う」という選択肢が(おそらく意図的に)無視されている点につきる。この選択肢を吟味することを、合意形成に欠かせぬ手続とするか、それとも答が自明なだけに敢えて触れるのを野暮とみなすべきか。どのみち結論は同じでも、どのような道筋を進んでいくかは相応に重要である。

 それにしても、昨今の急激な環境の変化(経済状況悪化・千円高速など)がなければ、また違う判断がありえたのではないか。報道などで伝えられている、JR東海の銭函たる東海道新幹線の今年度の業績不振が事実であるならば、思わぬところに皺が寄ったものではある。





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