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交通は地図を変える〜〜そのⅡ





■九州新幹線の全通


新幹線の春(2)
志望校 ぐっと近くに


 「この文章、 3分で 100字にまとめて!」
 熊本市の熊本城にほど近いビル街。進学塾、英進館熊本本館は23日、冬期講習の初日を迎えていた。
 講師の合図で一斉に鉛筆を走らせる44人。有数の東大合格実績を誇る中高一貫校、久留米大付設(福岡県久留米市)や、ラ・サール(鹿児島市)を目指す難関校クラスの中学 3年生だ。
 うち18人の女子はいずれも、自宅通学を条件に2005年から女子に門戸を開いた久留米大付設を目指している。JR特急で約 1時間もかかる熊本−久留米が、来年 3月の九州新幹線鹿児島ルート全線開業で20分で結ばれることもあって、このクラスの女子の割合は増えている。
 中学 1年の次女を通わせる母親(43)は「家から学校まで 1時間で通学できるのは大きい」と話す。
 状況は北九州市でも同じだ。この塾の小倉本館には、山口県宇部市、下関市からも女子が通ってくるようになった。
 塾の総本部教務本部長、上尾宏(49)は言う。「新幹線が通学圏をぐっと広げる。本当に望む学校を選択できるようになる」

 久留米大付設は今年 6月、初めて山口県で学校説明会を開いた。全線開業をにらんでのことだ。宇部市のホテルの会議室は、小中学生と保護者約30人でいっぱいになった。
 せいぜい10人程度と予想していた教頭の横山貞継(64)は驚くとともに、自信も深める。「より広い地域から、学習意欲のある優秀な生徒を集めることができるようになる」
 思いはライバルのラ・サールも同じだった。
  6月、福岡市の天神ビル11階。同窓会主催の学校説明会には、前年より 100人も多い約 300人が詰めかけた。
 寮に入ったとしても、新幹線ならすぐわが子のもとに駆けつけられる。連休に生徒がさっと帰省することもできる。「鹿児島が近くなります」。副校長の谷口哲生(63)は、説明会で熱弁をふるった。

 鹿児島市の食品会社に勤める片野豊彦(42)は来春から、大学院生として福岡市へ新幹線通学する。
 九州大が全線開業に合わせ、新博多駅ビルに社会人向けのビジネス・スクールのサテライト教室を設ける。片野はそこで学び、経営学修士号(MBA)を取得するつもりだ。これまでドア・ツー・ドアで片道約 3時間半もかかったが、約 2時間に縮まるため通学が可能になった。
 「異業種の人たちにもまれながら、自分を成長させたい。新幹線が学ぶチャンスを与えてくれた」。片野は喜びをかみしめる。
   (文中敬称略)


讀賣新聞熊本県版平成22(2010)年12月30日付記事全文を引用





■新幹線が変える学校の勢力圏(一般論)

  十周年記念記事 では、首都圏における交通インフラ(≒鉄道)の変革が地図(≒学校の勢力圏)を変えてきたことについて触れた。この記事で筆者は以下のような記述を残している。

「新幹線の影響も無視できない。三島や上田などから通ってくる生徒も散見されるとか。数としては稀少でも、遠隔地から通う生徒の存在は、他の生徒の心理に影響を与えるはずである」
「『良い学校』にはより広い範囲から学生が通ってくる傾向が見受けられる」

 要するに、すぐれた高速性を発揮する、より広域に渡る鉄道ネットワークが構築されると、地図が塗り変わっていく、というようなことを記したつもりである。

新八代
九州新幹線全通により列車体系も大きく変わる
左の「リレーつばめ」は廃止 右の「つばめ」は九州島内ローカル運用
新八代にて 平成22(2010)年撮影


 きたる平成23(2011)年 3月12日、九州新幹線が全通する。新幹線はまさに文字どおり、「すぐれた高速性を発揮」して、「より広域に渡る鉄道ネットワーク」そのものである。九州新幹線全通により人の流れには一大変化が伴うことになるだろうし、またそうあってほしいと期待するものである。

 同じ九州新幹線においては、部分開業であった新八代−鹿児島中央間(平成16(2004)年開業)でさえ、通勤・通学行動に変化を与えるインパクトがあったと伝えられている。このたびは全線開業であるから、さらに大きなインパクトが伴うに違いない。引用記事は、その衝撃の静かな予兆を報じるものである。





■久留米大付設の戦略

 それにしても、引用記事の着目点は面白い。既に全国的に名の知られたラ・サールだけでなく、近年著名になりつつある開業区間沿線の久留米大付設も採り上げている。また、熊本市内の塾、鹿児島市内に通勤しつつ博多まで通学する社会人大学院生の話題に触れている点、取材対象の幅広さがうかがえる。教育を取材する複数の記者が素材を持ち寄り、九州新幹線にかかわる話題をアセンブルしたと推測される、良質の記事である。

 筆者は、長男の中学受験最終盤に引用記事を読んだわけで、「やはり」と得心する部分が多々あった。くどいようだが「交通は地図を変える」のだ、との思いを深くした。それに加えて、久留米大付設の戦略が興味深い、とも感じた。

 出席者数が「せいぜい10人程度と予想」される場所で説明会を開こう、という発想からして凄い。出席者数10人とは、生徒本人と保護者という組み合わせからすれば、ほんの数家族の出席しか見込んでいなかった、ということである。僅かそれだけの人数のために、説明会を開催しようと決意できるというのは、久留米大付設の意志の強さというべきか。さすが「学習意欲のある優秀な生徒を集め」たいと明言するだけのことはある。

 さらに「会議室は……約30人でいっぱい」とは、教育への関心の高さを示して余りある。大都市圏ですら、通学時間を考えれば、進学するにあたり現実的な選択肢となりうる学校は限られる。いわんや地方においては、選択肢となりうる学校はごく限られるというのが実態だろう。それゆえ、機会があれば積極的に対処する、ということになるのだろう。

 日本の学力低下がいわれて久しいとはいえ、少なくとも上位層に関しては、昔と比べて遜色あるとは思えない。鉄道ネットワークは「より広い地域から、学習意欲のある優秀な生徒を集める」インフラストラクチャーとして機能してきた。九州新幹線もそうなりうる可能性を秘めていると、引用記事は伝えている。





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