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東急田園都市線混雑遅延よこみち話





■東急田園都市線混雑

 東急田園都市線の混雑遅延に関する某国会議員の Tweetが炎上したという。それじたいは拙「志学館」にて採り上げるほどの話題ではない。ところが、アゴラで続報が相次ぐにつれて、筆者も一言書き留める気になった。東急田園都市線混雑遅延に直接に関わらない「横道」の話題となるが、読者諸賢の御一読あればありがたい。

 筆者の目に留まった最初の続報は、 平成29(2017)年 1月20日付のJ-CASTニュース で、これは Tweet炎上に伴う事実経緯を追ったものである。この時点で筆者は「『素人の思いつき』表明は紛糾するのが当然」と感じたに過ぎなかった。筆者は約二十年前にある研究グループに属していた経験から、通勤鉄道の混雑緩和は根本的な二律背反を抱えており、歴史的経緯もあり、解決はまったく容易でないことを痛感していたからだ。

 ところが、アゴラにて続報が相次ぐに至り、筆者は頭を抱えてしまった。

    1月25日付 田園都市線をどげんかせんといかん
    1月25日付 東急がすぐにできる田園都市線対策はこれだ
    1月27日付 通勤手当を廃止せよ

 それぞれ良い線を衝いてはいるのだが、前記した「根本的二律背反」に触れていない点がなんとも惜しい。そして、実はアゴラには、この「根本的二律背反」に言及した過去の投稿が存在する。

    平成24(2012)年9月12日付 ベビーカー問題はピークロードプライシングで解決できる

 年頭所感に「高度な専門性」に言及したこともあり、以下、この「二律背反」について記しておこう。そう、本件はすぐれてテクニカルな案件なのである。





■二律背反

 ピークロードプライシングは混雑緩和対策の切り札の一つである。需要が伸びれば価格に反映できるという単純な経済原則でもあり、近年TDLが積極的に実践している。実は鉄道の世界でも、「繁忙期料金」という形で混雑時の価格上乗せが行われているのは周知のとおりである。

 その一方、通勤鉄道における混雑時の価格上乗せは難しい。何故ならば、混雑時の鉄道利用者とは大部分が当該路線のヘビーユーザーであって、ヘビーユーザーに対しては価格割引を行う(定期券・回数券)という古くからの商慣行が存在するからだ。

 上記二律背反を解消しうる制度設計はほとんど不可能に近い。

 理論的には価格割引全廃が望ましく、更に運賃制度自由化まで進めるのも一考に値する。とはいえ、これらを許容しうる社会的雰囲気が醸成されているかといえば、然にあらずというのが実情だろう。鉄道運賃の値上げは時代を問わず社会的抵抗が大きく、昭和40年代にはよく政争の具となった。運賃水準の抑制は、鉄道経営の足枷であり続けている。





■フレックスタイム

 鉄道混雑緩和対策の一つにフレックスタイム導入を挙げる意見は今日もなお多い(前掲アゴラにも挙げられている)。確かに、一路線単独で見るならば、フレックスタイム導入は鉄道混雑緩和に有効だろう。

 ところが、現実は単純ではない。東急田園都市線でいえば、大手町の会社が始業時刻を 9時半にしても、始業時刻 9時の渋谷の会社に向かう通勤客と被るからだ。首都圏全域のネットワークで考えれば、フレックスタイム導入による鉄道混雑緩和は期待できないと、十年以上前に芝浦工業大学岩倉成志教授率いる研究グループが実証している。





■都市計画との整合

 もう一点、敢えて極論をいうならば、鉄道による長距離通勤を前提とした首都圏の都市計画がそもそも尋常ではない、という地理的背景が控えている。しかしながら、これには明確な歴史的経緯がある。「通勤手当廃止」などまったく論外で、鉄道による長距離通勤に依らざるをえなかった事実が、東京そして首都圏発展の基礎条件となっているのだ。

 首都圏に人口が集中し始めた昭和30年代、日本には大規模高層住宅が存在しなかった。都心近傍には適地が少なく、水資源も充分あったわけではなかった。低層低密の戸建住宅が郊外にスプロールしていったのは、日本人の戸建住宅志向というよりむしろ、さまざまな制約条件に依る部分が大きく、また人口受入側自治体の利益とも一致したからではなかろうか。

 その際大きく寄与したのは、戦前から存在する民営鉄道網である。これらがなければ、首都圏への人口集中はありえなかったのではないか。そのかわり、各民営鉄道はそれぞれ輸送力増強に追われることになる。東急・東武・小田急などは五千億円超もの固定負債を抱え続けながら、今日なお輸送力増強を進めている。混雑遅延に鉄道会社側の瑕疵皆無、とまではいえないとしても、長年に渡る努力は認められて然るべきである。





■気分さえ代表しない

 それでも通勤混雑がおさまらないのは、首都圏での人口増加が止まらないからに尽きる。平成 8〜28(1996〜2016)年の20年間で、江東区では人口が13万人以上増え、現在50万人の大台に届いている。江戸川区でも同期間に10万人以上人口が増え、70万人の更なる大台が目前だ。メトロ東西線の混雑激化状況はよく知られているところで、江東区・江戸川区の人口増が影響していることは明らかである。

 東急田園都市線の沿線人口は詳らかに調べてないが、どうもここ20〜30年間、突出して人口増加が多い地域のように見える。しかも社会増(転入)より自然増(誕生)が目立つ点は、現在の日本社会における究極といえよう。

 筆者は東急田園都市線沿線に住もうと思ったことがない。そもそも、東急の沿線開発や都市計画が世評ほどすぐれているとは思えなかったし、鉄道の観点では8500系如き貧相な電車には乗りたくないと思っていた(今日東武伊勢崎線にて東急8500系に当たると落胆を覚える)。東急田園都市線沿線に物件を求めるほど財力がない、との切実な事情もあった。

 しかしながら、上記人口動態を鑑みれば、東急田園都市線の沿線住民の満足度はかなり高いと考えるべきであり、筆者の感覚は中心値から大きく懸け離れた偏狭なものと自覚せざるをえない。

 ※ちなみに、わが東武伊勢崎線沿線では自然増がそれなりに認められるものの、社会減がかなり目立っている。ブランドイメージの低さを痛感する。



 東急田園都市線のブランドイメージは高く、転入が多い状況に加え、高い満足度で家庭生活を営んでいるならば、沿線人口は増え続けるはずである。東急田園都市線の混雑は、かような沿線人口に支えられている面がある。

 彼らは東急田園都市線沿線住民であることじたいに価値を見出している蓋然性が高く、より交通便利で混雑の程度が軽い地域へと転居する社会的再配分は期待しにくい。彼らに東急田園都市線混雑の不満は存在するとしても、解決すべき最優先課題であるのかどうか。

 冒頭紹介した Tweet炎上は傍証の一つであろう。当該Tweet は混雑遅延を嫌気する気分すら代表できなかったわけで、「素人の思いつき」はネット世界の共感を得られなかった。実際の東急田園都市線沿線住民がどう感じたかは措くとして……。

 近頃アゴラで着目している神谷匠蔵氏が興味深いことを記している。

フランスでは極右政党でさえもいい加減なことを言っているようでは支持されないという現状がある

 これは傾聴に値するし、筆者も自戒したい。インターネットやSNSは個人の所信表明に立ちはだかる障壁をなくし、パソコンやモバイルによるテキスト作成は紙に手書きする時代の労力・手間を解消した。だからといって、いい加減なことを書き散らすだけで支持されるわけがない、ということである。横道ばなし、とりあえずここまで。





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