このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

 

マイカー利用規制と総需要制御の素朴な実践

 

 

■アルペンルート家族行

 先日ふと思い立ち、家族と黒部ダムを見に行くことにした。黒部といえば絶景の秘境としても知られているが、公共交通でしか入りこめないという意味においてもまさしく秘境といえる。マイカーは扇沢の駐車場に止めておかなければならない。乗り換えた先の公共交通機関がいわゆるアルペンルートで、その日の行程は下記のとおりであった。

   【往路】
   扇沢 12:30発−(トロリーバス)−黒部ダム 12:46着
   黒部湖 14:00発−(ケーブルカー)−黒部平 14:05着
   黒部平 14:20発−(ロープウエイ)−大観峰 14:27着

   【復路】
   大観峰 15:06頃発−(ロープウエイ団臨混乗)−黒部平 15:13頃着
   黒部平 15:20発−(ケーブルカー)−黒部湖 15:25着
   黒部ダム 16:05発−(トロリーバス)−扇沢 16:21着

 ダムサイトで1時間強、大観峰で30分ほどまとまった時間を確保している以外は、ただ乗り換えるだけに近いタイトな行程になってしまった。短い時間のわずかな経験(しかも立山まで到達していない)ではあるが、ここから想を得られる点がいくつかあったので、記してみたい。

 
 黒部ダム(平成15(2003)年撮影)

 解説不要の日本の絶景。いわゆる日本三景とは異なり、人工的な風景であるがゆえに、別の価値も備えている。

 

■ダイヤ上のボトルネック〜〜トロリーバス

 扇沢−黒部ダム間のトロリーバスは、大観峰−室堂間とあわせ、日本ではこの地にしかないトロリーバス路線として知られている。トロリーバスという特殊な交通機関を採っている理由は、長いトンネル坑内の環境を維持するためというのが通説とされている。実際に乗車してみると、環境維持よりもむしろ、急勾配区間でも安定走行が可能な性能を得るためではないか、という印象が強かった。

 さて、筆者らは正午前に扇沢に到着した。乗車券を購入し、時刻表を見ると30分ヘッドでの運行となっている。これならばすぐ乗車できると思いきや、よくよく見ると 12:00発だけ飛ばされているではないか。 11:30発の次が 12:30発という1時間の大穴で、初っ端から悪印象を持たざるをえない。

 案内がまた悪い。発車30分前から並び始めた改札前の行列に向かって、
「12時発の便がないのは皆様に昼食をとって貰いたいという配慮ですのでどうぞ食堂へ」
と案内したのは、意図が露骨すぎ好感が持てなかった。さらに改札直前の長く伸びた行列に向かって、
「今日は紅葉の最盛期と比べれば空いておりますし、バスもたくさん出ております。あとから来ても条件は一緒、早くから並んだ方は無駄な努力をしましたね」
とアナウンスした無神経に至っては、憤りすら覚えたほどだ(ただし直前に並んだ方には安心感を与えた可能性がある)。

 事実はおそらく乗務員の勤務体制の関係であろう。毎日8時間勤務で途中交代がないとすれば、午前4時間乗車と午後4時間乗車の間に昼休み1時間を賦与しなければならない。それゆえの1時間穴と傍目には見てとれるが、案内の「くるみ方」は無粋にすぎる。後述するケーブルカー黒部湖駅の案内が素晴らしかっただけに、印象が悪すぎるのである。

 
 黒部ダム(地下駅)に到着したトロリーバス(平成15(2003)年撮影)

 モーター駆動のため走行音は静か、しかしほぼ全区間トンネルのため眺望には恵まれない。

 トロリーバスは定時に出発した。モーター駆動のため、急勾配走行でも静かなもので、断面の狭いトンネルを淡々と走っていく。掘削に辛苦したという破砕帯、長野富山県境、それぞれの表示が目に入ってくる。途中に幅広の行き違い区間があるものの、黒部ダム発1時間穴に当たっていたため行き違いはなかった。トロリーバスはサミットを越え、下り勾配に移ると間もなく黒部ダムに到着した。

 このトロリーバスは、乗車時間が16分と長いうえ、起終点で乗降を整理する時間も必要である。さらに全区間が「単線」のため、ダイヤ構成上の大きな制約となっている。運行間隔は最小で25分まで詰められそうだが、利用者への案内を考えれば現状の30分間隔運行は動かしにくいだろう。

 輸送力は続行運転で補えるとしても、運行間隔をこれ以上縮められず、利用者の行動に制約を与える。その意味においてのボトルネックが、扇沢−黒部ダム間のトロリーバスである。

 

■地下駅での行き届いた配慮〜〜ケーブルカー

 黒部湖−黒部平間のケーブルカーは、全線地下式という、全国でも稀有な存在である。そのため車窓の眺望にはまったく恵まれないが、国立公園内の環境(修景を含む)を保持するためには、この選択しかなかったものと思われる。

 ケーブルカーは20分間隔での運行で、所要時間は 5分。起終点での乗降整理を考慮してもなお増発の余地があり、前後のトロリーバス・ロープウエイと比べ弾力性に富んでいるモードである。

 
 黒部平で出発を待つケーブルカー(平成15(2003)年撮影)

 最大斜度31度、車体も相応の傾斜を持ち、車内の段差も大きくバリアフリーからは最も遠い交通機関である。トロリーバスと同じく、全区間トンネルのため眺望には恵まれない。

 このケーブルカーで感心したのは、黒部湖駅での案内である。20分間隔とは決して長い運行間隔ではないが、発車を待つ身にとっては長く感じるものだ。しかも地下駅での待機だから圧迫感も伴う。迂闊をすると、重苦しい印象しか残りかねない。

 ここで素晴らしかったのは、改札前の行列に向けて、駅員が沿線の観光ガイドを始めたことである。待ち合わせの苦痛な時間を解消するとともに、初めて来る利用者にとっては有益な情報でもあるだろう。しかもガイドが終わるや否や、
「ここだけの限定販売です!」
とガイドブックを抱えた駅員たちが飛び出してくるあたりは、まさに絶妙の間、笑いすら誘う一種の芸にまで昇華されている。勿論これは販売促進の便法には違いないとしても、決して嫌味になっていないのは、事業者としての徳目といえようか。

 発車までの待ち時間を利用者・事業者双方にとって有益なものに転換した工夫は、顕彰するに値するだろう。乗降の動線もよく整理され交錯がなく、全般に好印象が持てる交通機関であった。

 
 黒部湖駅で観光ガイド中の駅員(平成15(2003)年撮影)

 へたをすると苦痛でしかない時間の改札待ちを、見事なまで楽しい時間に転換した工夫は素晴らしい。販売促進活動でさえ、一種の芸になっている。

 

■容量のボトルネック〜〜ロープウエイ

 黒部平−大観峰のロープウエイは全長 1,702m、途中に支柱がまったくなく、1スパンで起終点を結ぶ、これまた全国でも稀有な存在である。

 ロープウエイは20分間隔での運行で、所要時間は 7分。起終点での乗降整理を考慮しても増発の余地があるところで、実際に増発便(団体対応の臨時運行)も見られた。しかし、もっと増発余力のあるケーブルカーに増発便がなかったところから類推すると、輸送力はアルペンルートの中で最も小さいものと見受けられる。

 このロープウエイでは案内にも好印象を持てなかったが、それ以上に交通機関としての基本が整っていない面があった。それは黒部平駅での乗降動線交錯で、改札を待つ乗車客の列を降車客が横切っていくような配置となっている。そのため、改札直前まで乗車客を並ばせないという小手先の策で対処されているが、乗降動線の左右を入れ替えれば簡単に解決するようにも思われる。黒部平駅の構造上の制約がある可能性も否定できないにせよ、工夫がないようにしか見えないと評するのは酷であろうか。

 いくら並ばせないよう案内しても、改札の近くに乗車客は集まり、食堂・売店の入口は閉塞されてしまう。であるならば、改札待ちの列の配置変えを試みるのも一策であろう。

 そもそも、ロープウエイの機構上、増発便の反対方向にも臨時運行が出ることになるが、こちらを回送扱いにしているあたりからしておかしい。眺望だけは素晴らしくとも、交通機関としては決して及第点に達していない。諸々含め改善を期待したい区間である。

 
 黒部平から大観峰に向かうロープウエイ(平成15(2003)年撮影)

 絶景の中ではほとんど芥子粒でしかない。実際のところ、輸送力の面でもボトルネックであるようだ。

 

■総括にかえて〜〜マイカー利用規制と総需要制御

 公道でマイカー利用規制が具体化している事例はごく少ない。一部都市のいわゆる歩行者天国のほかには、富士山・上高地・乗鞍などでの例が目立つくらいだ。「通行禁止」という一片の標識を掲げるだけですむはずの規制というのに、なぜか簡単には実現しない。

 ところがここアルペンルートでは、そのマイカー利用規制が古くから実現されている。扇沢−黒部ダム間のトンネルは、一車線断面の狭小な幅員しかないうえに、ほぼ全区間が急勾配という、物理的な制約による面もあるかもしれない。しかしなによりも効いている要素として、同トンネルが関西電力の保有である、という点を挙げなければなるまい。同トンネルは一企業の私的占有空間であるため、一般の利用は大きく制限される。極端な話、トロリーバスを含めて全面通行止めにされても、利用者は文句をいえないのである。

 マイカー利用規制の社会的合意を得るためには、その規制を課すことにより広く公共の福祉に利するという共通認識が必要であるはずだ。ところが利用規制を課すための装置として、公道より私道の方が適しているというのは、極めて逆説的な状況といえよう。

 今日の交通計画における熱い議論の対象であるTDM(Total Demmand Management)もまた、アルペンルートでは簡単に実現されている。要はボトルネックが随所にあるため、それが自然の障壁となって総需要抑制効果が得られているにすぎないのだが、利用者側もその状況を当たり前のように受容している点は特筆に値する。ただし、事業者側にとっては需要(即ち期待されうる収入)の上限が見えているので、やや苦しい面があるかもしれないが。

 ボトルネックの解消は交通計画の初歩中の初歩、しかしながら敢えて解消しないことで総需要を抑制する効果も得られる。これは常識の逆を践む手法であり、一般的には手抜きとも見られかねないが、黒部・立山という場所柄にはそれを広く納得させるだけのなにかがあると断じても決して間違いではなかろう。深山幽谷という徒歩アクセスを拒む天然の要害は、それ自身が魅力であると同時に、入山料といった人工的なバリアよりもよく効く需要抑制ツールになりえるといえそうだ。

 
 混雑するケーブルカー車内(平成15(2003)年撮影)

 黒部平から黒部湖に降りる車内を撮影した。2団体が同時に乗りこんだため、積み残しが出る危惧を感じたほど、乗車に手間どった。実際に乗ってみれば、混雑率は 200%程度か。この種の輸送力制約が、アルペンルートの総需要を規定する。

 

 

元に戻る

 

 

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください