たかが駅名されど駅名

■ある陳情書より

日暮里・舎人線の駅名に関する陳情 　　　　　　　陳情者住所　足立区西新井（以下略） 　　　　　　　　　　氏名　西新井地区町会自治会協議会会長　●●●● 陳情の趣旨 　日暮里・舎人線は平成十九年度開業をめざして、現在順調に工事が進捗していることに対し、関係者各位のご尽力に心から感謝申し上げます。 　この新線の開通は、私達住民の生活にとって、たいへん大きな役割を果たしてくれるものとして、久しく待ち望んでおりました。そして、足立区民にとって非常に喜ばしいことであり、一日でも早い開通を期待するところであります。 　さて、この新線の開通に伴い、区内を南北に走る放射十一号線に沿って九つの駅が新設されることになり、それらの駅名については、仮称ということで公表されているところであります。ところが、この新線が地先を通過するにもかかわらず、それらの駅名の中に、区内でも知名度が高く歴史と伝統のある「西新井」の地名が見当たりません。このことは、新線の開通を願って、日々努力してきました私達住民にとって、耐え難いほどに遺憾なことであります。 　新線の開通とともに、私達のまちをさらに発展させようと種々の活動を展開している現在、住民が誇れる新駅としていくためにも、慣れ親しんだわがまち「西新井」の名称を是非とも駅名に活用したいのです。 　そこで、駅予定地の東側が「西新井七丁目」であり、かつ、関東三大師として名高く、足立区きっての観光資源である「西新井大師」への最寄り駅であり、また「西新井中学校」も隣接していることから、「西新井」の名称が最もふさわしいと感じられる「（仮称）上沼田東公園駅」の名称を「新・西新井駅」としていただきたいと思います。 　どうか私達住民の心情をご理解いただきますよう、心からお願い申し上げます。 陳情項目 一　「（仮称）上沼田東公園駅」の名称を「新・西新井駅」としていただきたい。 一　前項について関係機関へ強く働きかけていただきたい。 平成十八年五月　日 足立区議会議長　新井ひでお様

■コメント

　この陳情書（署名運動）が回覧板で回ってきた時には、思わず苦笑してしまった。趣旨としてはよく理解できるのだ。せっかくの新線なのに、まだ仮称段階とはいえ地元の地名が採り上げられない不満はわかる。筆者の個人的心情としてもその程度の地域エゴはある。それに、現仮称駅名が如何にも練れていない。二駅先の舎人公園、終点の見沼代親水公園ならばそれなり以上の知名度もあるが、上沼田東公園を知る方は相当な通だろう。現仮称以外の駅名を提案することに少なからぬ意味が伴うことは間違いない。

　だからといって「新・西新井」はないもんだ、という部分が苦笑のもとである。現仮称以上に練れていないではないか。まず、「新」の字が重なる点が字面として好ましくない。また、周辺に拠点性がないため、「新」を冠することでかえって（特に遠来からの）利用者に誤解を与える可能性もある。西新井大師への最寄駅とはいっても、バス停留所二区間ぶんの距離があるわけで、初詣など最繁忙期以外には最寄駅として案内すべきでないように思われる。

　さらに別の観点からすれば、地元住民が思っているほど「西新井」のイメージが良いか、という部分での疑念もないではない。例えば、最近では以下のような記事がある。

田んぼを埋め立てたマンモス都営住宅街に生まれ変わった足立区は、「基本構想」が「安全・安心上の問題がある」と認めるように、「綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件」や、北朝鮮の工作員が暗躍して日本人拉致に関わった「西新井事件」の舞台として語られることも多く、殺伐としたイメージがいまも色濃く付着している。 文藝春秋第84巻第 5号（平成18年 4月）「ルポ下層社会−−改革に捨てられた家族を見よ」（佐野眞一）より

　住民としてはおおいに癪に障る表現であるが、世の中にはこのように認識する方も現にいる、という事実は不本意ながら認めなければなるまい。よしんば、筆力と影響力のある佐野氏の著作である。その状況のなかで「西新井」という地名を強く前面に押し出すことは、実は必ずしも得ではないのかもしれない。

　だから、新交通システムの駅間隔にふさわしいローカルな駅名に徹しつつ、「西新井」の地名を盛りこむ方が良いように思える。具体的には「西新井七丁目」ないしは「西新井中学校」ならばどうだろうか。後者は「赤土小学校」と対になるから、駅名相互の平仄もあう。

　現在のバス停留所名に即していえば、折返便設定が多いため現状で既に認知度が高く、人口集積地を表示するという意味でも「江北六丁目団地」とすべきだろうが、「江北」は一つ前の駅名となる可能性が高いからそれ以外の地名を採る方が妥当と思われる。あるいは「江北」を「西新井本町」とし、「上沼田東公園」を「江北六丁目団地」と銘する選択もありうる。

　もっとも、このような駅名の議論は開業するまでの間、ああだこうだと甲論乙駁するのが華というもの。たかが駅名、されど駅名。あちらが立てばこちらが立たず。さて、どのような駅名とするのが良いものか。

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