このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください





日本は技術大国に戻れない





■約十年前の記憶

 平成16(2004)年のことと記憶する。筆者は国土交通白書説明会に参加した。個別具体の内容は記憶にとどまっていないが、それは今でも閲覧できるから重要ではない。筆者の記憶に強烈に残っているのは、次の一言であった。

「数値目標の導入」

 これを聞いた瞬間、以下のような思いが脳裏を走った。

「日本ではもはや、劇的な発展や成長は起こりえないのだろうな……」

 例えば東海道新幹線は、東京−大阪間を短時間で結ぶだけでなく、旅行行動そのものを革新させた。例えばカローラは、自家用車保有を大衆化し、国民の生活様式を一変させた。例えばパーソナル・コンピュータは、仕事の効率化に寄与するというよりもむしろ、仕事の内容そのものを変貌させた。

 数値目標とは、これら「革新的進歩」とはまったく異なる次元に属している。どれほど先に進めるか、予め数値目標に規定される未来とは、なんと窮屈で狭小なことか。時代の要求といえばそれまでだが、数値目標の設定は官僚的な指標に過ぎず、成長・発展を促すものではない。成長・発展は外部から「黒船」の如くやってくる。

 それから約十年が経ち、数値目標は深度化している。その一方で、交通の世界に「革命」は訪れていない。完全自動運転車が実用化されれば間違いなく「革命」ものだが、現時点ではまだまだ時間がかかるように思われる。

 なんというか、十年以上前には大海原の水平線の先まで見渡していた心地だったのに、今では猫額の小島の地面しか見えなくなった、……と例えたくなるような気分である。





■繰り返される不祥事による縛り

 平成23(2011)年、東日本大震災が起こり、福島原発事故が発生した。筆者は、原発再稼働に賛成する論法を支持する一方で、事故を起こした技術体系には信を置きかねていた。しかし、当時は思考がまとまらず、モヤモヤした感情が残った。

 更に近年、さまざまな企業で不祥事が起こった。特に化血研、東洋ゴム、三菱自動車の三事例は、過去に別の不祥事を起こしていたという共通点がある。これら三事例と、福島原発事故の共通点が見えた瞬間、本稿表題の如き思いが浮かんできた。では、その共通点とは何か。

 それぞれの事例とも、技術者が開発を進める過程において、独善に陥っていたと見受けられる。事例によっては、「無知な霞ヶ関に我々が教えてやる」ぐらいの尊大な意気地があったのかもしれない。

 良くも悪くも、これくらいの気概がなければ、新しい技術開発は難しい。例えば、本田宗一郎にもこの種の強烈な個性が認められ、本田宗一郎の強烈な個性あればこそホンダは大きく成長したといえる。しかし、企業であれ社会であれ、一旦成長を遂げてしまうと、強烈な個性は必ずしも受容されない。

 例えばソニーの凋落が止まらないのは、事なかれの官僚主義に陥り、技術者がいきいきと活躍できる場を失ったから、という論調が複数認められる。前述した三事例も同じ弊に陥る可能性が高い。法令順守、コンプライアンス、説明責任、云々……と雁字搦めにされ、加速度的に委縮していく様子が目に浮かぶようだ。かような環境から素晴らしい開発成果が得られるとは考えにくい。

 だからといって、今は技術者受難の時代というつもりはない。かつての偉大な技術者群と比べ、技術の全体像を把握し切れず、尊大さだけが残れば、嫌な人間像になるのは必定ではないか。今日の技術者が全てそうと決めつけるのは乱暴としても、技術に依り過ぎて尊大となる傾きはあるのではないか。確たる技術の裏付けがなくば、尊大さが許容されるはずもなく、そもそも今日的「空気感」において尊大さは許容されない状況にある。

 技術者群の現状に対し、 河合薫 は同情的だが、筆者はむしろ 竹内健 の筆致に賛同する。日本の技術者は、いわば自業自得の危地にあるのだ。これが言い過ぎならば、「親の因果が子に報い」というところ。いずれにせよ、日本の技術者群は全体に地盤沈下しつつあり、日本社会は表題の如し、である。

 幸か不幸か、筆者の見立てはすぐ顕在化するわけではない。decade単位で緩慢に進行し、顕在化する時には一気に進むことになるだろう。





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