このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
「アニー」論
■まえがき
この五月連休、娘と一緒にミュージカル「アニー」を観に行った。泣けた。始終泣けた。「Tomorrow」「Maybe」 が歌われるたび、涙が止まらなかった。
ミュージカル「アニー」の物語は単純明快というよりもむしろ単調、登場人物の造形もステレオタイプにまとめ過ぎで、一見「こどもだまし」の浅薄な作品のようにも見える。しかし、素晴らしい名作であることに疑う余地はまったくない。日本では30年近い年月を乗り越えて、観客の心をとらえ続けている事実こそが、ミュージカル「アニー」の価値を裏づける。
本稿では、その「アニー」について論じてみたい。
■孤児ものがたり
欧米では(実の親を失ったという意味での)孤児を主人公とする物語が少なくない。
「フランダースの犬」 ウィーダ(英)作 ………………………明治 5(1872)年
「アルプスの少女」 ヨハンナ・スピリ(スイス)作 …………明治13(1880)年
「小公女」 フランシス・H・バーネット(米)作 ……………明治21(1888)年
「赤毛のアン」 ルーシー・モウド・モンゴメリ(加)作 ……明治41(1908)年
「あしながおじさん」 ジーン・ウェブスター(米)作 ………明治45(1912)年
上に思いつくまま五作品を挙げてみた。意外というべきか、作者は全て女性で、五作品全て明治年間の初出という共通点がある(なお「フランダースの犬」は太陰暦・太陽暦の違いで年次が違う可能性がある。「あしながおじさん」は改元され大正年間に入っている可能性がある)。
これら五作品は、社会背景が大きく異なる日本に受け容れられた点でも共通している。なにしろ五作品とも日本でTVアニメーション化されているのだ。ただし、原作(小説)の評価は必ずしも同一水準というわけではない。
他の作品とは異なり、「アルプスの少女」の大人向け書籍を書店で入手するのは難しい。筆者は長年その理由を不思議に思っていたところ、ようやく見つけた児童向け書籍を閲覧し、得心がいった。「アルプスの少女」は物語があまりにも単純すぎて、人物造形が平板なのだ。「アルプスの少女」原作には屈折した登場人物がいないに等しい。それゆえ物語の奥深さに欠け、大人の鑑賞には堪えない、とみなされているのであろう。
ミュージカル「アニー」には「アルプスの少女」原作に近い香りがある。しかし、両者には相当な懸絶があると、筆者は思わざるをえない。
ふたりで台所のドアから裏庭に出たとたん、オリヴァー・ウォーバックスはほっとして、思いきり息をはいた。このほうがいい。ずっといい。彼はアニーに自分の生いたちをしゃべりはじめた。「わたしはリヴァプールの鉄道線路番の家で生まれた」そうか——アニーは思った——イギリスか。だから、おかしななまりがあるのね。 「兄は肺炎で死んだ。うちには薬を買う金もなかったからだ。そこで、わたしはいつか金持ちになってやろうと心にきめた。うんと、うんと、金持ちに」 「えらいわ」アニーはほめてあげた。でも、すごく若くって、すごく貧乏なオリヴァー・ウォーバックスを想像するのはむずかしかった。 |
参考文献
(01)
丸美屋食品ミュージカル「アニー」公式サイト(平成25年版)
(02)
TV「アニー」無料動画(YouTube)
※全編まとめてアップされている
(03)小説「アニー」(リアノー・フライシャー作/山本やよい訳)
(04)「フランダースの犬」(ウィーダ)
(05)「アルプスの少女」(ヨハンナ・スピリ)
(06)「小公女」(フランシス・H・バーネット)
(07)「赤毛のアン」(ルーシー・モウド・モンゴメリ)
(08)「あしながおじさん」(ジーン・ウェブスター)
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |