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趣味とアーカイブ





■交通新聞平成20(2008)年 7月15日付「反射板」より


鉄道アーカイブス

杉江 弘


 私の鉄道写真歴は今年で50年になる。趣味でやってきた事とはいえ、数万枚にのぼるフィルムは自分が死んだらどうなるのだろうか。特に昭和30年代にはまだ写真を撮っていた人も少なく、歴史的価値のあるものもひいき目に見ても少しはある。……
 死んだら博物館などに寄贈すれば何かに役立つかもしれない。と、ずっと思ってきた。しかし、現実はそう甘くない。……
 ……
 このような現実を反映して、……熱い論議が交わされている。……貴重な写真、資料、書籍、模型などを後世に残せないものかと。
 しかし、大勢は難問が多すぎて無理という意見である。フィルム類の保存方法、場所、たいへんな手間がかかる検索、人手、アーカイブスの提供者(多くは先輩)と受け入れ側(若い後輩たち)の考え方の乖離などである。
 私は博物館的な財団を作ったりすれば管理は可能と思うがそこでも物的、人的な運営資金が問題となる。……
 ……
 しかし、昨今のように一方では税金の無駄使いをしても、文化施設等への予算の削減が声高に叫ばれる政治の現状ではそれもかなわぬ夢となりつつある。こうしている間にも膨大な貴重な財産が闇に葬られようとしているのである。





■コメント

 交通新聞に不定期掲載される杉江氏の記事は、いつもは興味深く読むのが通例なのだが、前掲記事には失望を覚えざるをえなかった。率直にいって、杉江氏の認識はたいへん甘いといわざるをえない。

 「歴史的価値」はいったい誰が認定するというのか。その部分からして甘いと感じる。杉江氏に限らず、鉄道写真を撮る方の多くは自らの「趣味」に基づいて撮影しているのであろう。それはいわば撮影者の「主観」にすぎず、「歴史」のふるいにかけられてもなお残るためには、相応の客観的価値がなければならない。

 例えば、中央快速線に 205系電車が走っている写真があったとしよう。 201系→E233系が太宗の路線で 205系電車が走っていれば、それは珍しい写真ではあるが、「歴史的価値」など皆無に等しい。あくまでも「趣味」的に珍奇な写真にとどまるのである。

蒸気機関車
イメージ

 もう一つの例を挙げれば、昭和40年代に蒸気機関車が急坂に喘ぎつつ盛大な煙を上げているような写真も、「歴史的価値」はかなり低いと認定せざるをえない。この写真一葉でいったいなにがわかるのか。少なくとも、鉄道の交通機関としての価値や社会的位置づけなどを読みとることは難しい。なお筆者は、この写真一葉から 小論の展開 を試みている。写真は所詮、ニュートラルな情報の集積にすぎない。最低限拙論程度の説明を与え、かつ簡単に検索できるよう整理整頓しておかなければ、「アーカイブ」としての価値はない。

 現に、写真をなりわいとされている方は、説明・検索・整理整頓を十全に図ったうえで、対価をとり世の中に提供している(筆者の知るところでは トラン・デュ・モンド など)。このような努力もなく世に認められようというのは、如何にも認識が甘いと評さなければなるまい。

 例えば考古学の世界ではジャンルを確立するまでにたいへんな努力を要しており、さらにそのなかで研鑽し、価値の高い成果を残す必要がある。かような努力を経て、研究論文は世に「アーカイブ」として刻まれていくのだ。「歴史的価値」とはかような一連の努力のなかで見出されるべきであり、単なる「趣味」から横すべりできるものではない(例外がないとはいえないとしても)。

 いくら趣味とはいえ、自らの歩んできた道が否定されるのは嫌なことは確かであって、趣味の成果を世に残したいという心情そのものは、いちおう理解できる。しかしながら、真の「アーカイブ」としての要件を満たす努力をせず、即ち説明・検索・整理整頓をすることなく、ただ写真だけを押しつけられても、受け取る側は大迷惑なのだ。

 そこに「趣味」の限界があるとしては、酷評にすぎるだろうか。「アーカイブ」として残すならば、最初から説明・検索・整理整頓を意識しながら取り組まなければなるまい。その作業こそ「客観」に属するものであって、「客観性」を獲得して初めて、「趣味」は「アーカイブ」に昇華するといえるのである。

 自分の撮った写真の価値に自負と自信があるならば、四の五の言う前にせめて写真集を公刊してほしいものだ。国会図書館には「アーカイブ」としての写真集を収蔵する機能があるのだから。「趣味」としての蓄積と、「アーカイブ」としての価値は、別物であって混同してはならない。





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