このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
東京モーターショー雑感
■今年の報告
東京モーターショーに行ってきた。……自分ひとりでこども二人(6歳&2歳)連れというきわめて無謀な展開で。予想どおりながら、ストレスがたまる展開になった。写真はなんとか撮れても、こどもらが動き回っているから説明を聞けない。ようやくIMTS展示でパンフレットを求めてみたが、「総合パンフレットをどうぞ」と言われて落胆した。総合パンフレットに載っている程度の情報であればいくらでも調べようがあるし、なによりも 1,200円という値段が許容範囲外だ。
もう一点ストレスがたまった原因としては、家族連れが多かったこと。いくら最終日の日曜日とはいえ、商用車部門でこうも混むとは思っていなかった。IMTSでも前面とロゴを入れた写真を撮ろうと思ったら、実に 5分も粘らなければならなかった。日産シビリアンでさえ(といっては失礼だが)、幼稚園バス仕様だったので肝心な部分を家族連れが塞ぎ、同じく 5分待ちという展開になったのである。
■民の欲に順う
昨年の乗用車ショーと見比べてつくづく思うのだが、自動車業界はこの種の仕掛が実に巧い。このモーターショーには、以下の諸要素が凝縮されていると感じる。
1)未来のビジョンやコンセプトの提示
2)商談の場の提供
3)多くの人を楽しませる雰囲気づくり
このなかで重要なのは2)で、特に部品メーカーなどは、商談への発展を明確に意識した出展を行っている。新たなビジネス・チャンスの創造というのは大袈裟としても、視点の異なる多くの人々の目に触れて、アイディアが飛躍することはおおいにありうる。要は、企業にとっても大きな魅力と期待を持てる場といえる。
1)も商用車においては重要で、福祉バリアフリー対応から、車椅子での来訪者がかなり多かった。これら来訪者を満足させられればその展示は評価を上げるだろうし、逆の展開も当然ありうる。かように厳しい「批評の場」ととらえることも可能である。
3)とて軽んじることはできない。綺麗な女性を鑑賞したい欲望は、男性に古今東西から脈々とつながるものである。家族連れの目からみても、老若男女を楽しませる仕掛が随所にあり、飽きさせない。
そう。モーターショーとは1)〜3)を包含する、つまり「民の欲に順う」催事といえるのだ。だからこそ、世を巻きこむほどの人気があるのではないか。
なぜこんな分析をするかというと、わが鉄道業界の閉じた感覚を憂えるからだ。例えば車両基地公開イベントに参加してみればわかる。「日頃は入れない場所」の紹介と、販売促進の要素しかない。少数の家族連れと、それとほぼ同数の趣味者しかやってこない場になっている。上記2)のような、企業活動にとって魅力ある場からはほど遠いのが現状だ。モーターショーなみとまではいわないにせよ、「民の欲に順う」催事を構築できなければ、ますます閉塞していくのではないかと、危惧されてならない。
■幕張海岸にて
とはいえ、モーターショーとて「全ての民の欲に順う」ものではない。
先に自分にとってストレスのたまる展開と記したが、こどもらにとっては実はそれ以上で、私が足を止めて撮影機会をうかがっているものだから、すっかり飽きて退屈そうな顔になってきた。
そこで幕張海岸まで足を運んでみた。こどもらの顔が輝くこと輝くこと。沈みゆく夕陽が綺麗だったこともあり、波打ち際で砂遊びに興じていた。波と砂と貝殻しかない場所で小一時間楽しめるのだから、人間の感覚とは面白いものだ。こどもらが歓声を上げているすぐそばで、ひしと抱き合うカップルがいたりする。砂浜にはそういう雰囲気がある、ということか。
勿論、幕張海岸は人工的な地形であり、またそこにいる人数はモーターショー会場内と比べ三桁違いに少ない。それでも、音響が渦巻き照明が踊る会場内よりも、波の音と夕陽にあわく彩られた砂浜の方が落ち着くこともまた確かであり、そういう感覚を共有できる人数が近くにいたことに、妙に親しみを覚えたのだった。
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |