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ICカード あ・ら・かると





 首都圏の私鉄では今まで、共通磁気カード「パスネット」が使われていたが、この 3月より共通ICカード 「pasmo」が導入された。これに関して思うところを、昔話と対比しながら雑感的に記しておきたい。

pasmo
pasmoカード





■本格的なマーケティング(顧客把握)に取り組み始めた大手私鉄


昔話Ⅰ−−利用者の動向調査

 首都圏の私鉄に自動改札があまねく普及した頃のこと。筆者にある発想が浮かんできた。自動改札の機能を活用すれば、利用者の動向を把握し、統計資料(例えば都市交通年報のような)を作成するのがより容易になるのではないか、と。この発想をある大手私鉄の方にぶつけてみたところ、意外な答が返ってきた。

  相手「残念ながら、それは無理です。今までどおり、発券と集札で確認していくしかありません」

  筆者「自動改札の機能があれば、どこから来たお客さんか、すぐわかるはずです」

  相手「自動改札には正しい切符かどうかを判断するチェック機能しかありません

  筆者「現在の技術で充分に、例えば定期券所持者の○○さんが通過した、と把握することだって出来るはずのように思えますが」

  相手「それをやろうとすると、駅毎に大きなサーバーが必要になるんです。現状では、自動改札設置のためのケーブル配置だけで四苦八苦しているんです。
     我々のような私鉄では、サーバーを置くようなスペースにさえ事欠くのが実態なんですよ、和寒さん」

  筆者「……(絶句)……」



 十年一昔とはよくいったもので、時代が旋回するのは速いものだと実感する。上の対話は一昔には届かないとしても半昔以上古い話で、大手私鉄の意識が大転換したことがよくわかる。もう一点いえば、ITの想像を絶するほど劇的な進化に伴うサーバー等の小型化・大容量化・低価格化が寄与した出来事、ともいえるわけだが。

 pasmo・SuicaなどのICカードは、磁気カードのように情報を全てカード内に保持するのではなく、サーバーなどに外出しすることが可能である。そのため、保持できる情報量の上限が高水準になってくる。 pasmoでは記名式を選択することが可能であり、記名式を購入する際には名前・年齢・電話番号を入力することになる。定期券ではもともと詳細な住所まで含めた詳細な個人属性を鉄道会社に提供していたわけで、当然ながら pasmo定期券にもそれは継承されているはずだ。

 つまり首都圏の私鉄は、利用者の動向を、詳細な個人属性とともに即時把握することが可能になったわけだ。

 今までにはモニター制度などもあったが、人数にどうしても限りがあるため、一般性を持たない意見を出されて振り回されることがままあったという。その意味において、利用者の大部分(特に定期券利用者は全数)の動向を属性ごと即時把握できる、ICカードを導入した意義と意味は大きい。入手可能な情報量があまりにも膨大すぎて、宝の持ち腐れになる可能性もないではないが……。

 鉄道各社はマーケティング(顧客把握)から最も遠いと揶揄されてきたものだが、ICカード pasmoの導入により、一気に階梯を駆けのぼったことは間違いない。





■コンパクトを好む利用者の存在


昔話Ⅱ−−安さよりも手軽さ

 これは 2年前のことと明確に記憶している。ある大手私鉄の方が、こんな話を紹介してくれた。

「パスネットを導入したところ、回数券の売上が減ったんですよ。パスネットには割引がありませんから、これは会社としても意外な現象です。で、実際の利用者に意見を聞いてみたところ、区間を固定された回数券を区間ごとに使いわけしながら持ち歩くのは面倒、割引がなくとも改札をスッと通れる手軽さが魅力だ、とこれまた意外な答でした」



 もはや改めて解説する必要性はないだろう。首都圏の鉄道利用者は、現状の複雑怪奇な運賃制度に倦んでいるのだ。例えば京成電鉄の利用者などは天才ではないか、……筆者にはそう思えることがある。京成・新京成・北総・都営・京急などが錯綜する路線図・運賃表から行先を選び、それに見合う運賃を投入する手続は、自動化されているとは思えないほど煩雑ではないか。

 パスネットはこの障壁を解消する手段の一つであったが、JRでは使えないという巨大な障壁が残っていた。首都圏の鉄道利用者で、私鉄区間内だけで利用が完結する層は実は少ない。だからJRとの連絡はいずれ必須であったのだ。さらにバスとも一体化したわけだから、pasmo がスタンダードになれないはずがない。

 pasmo が爆発的に売れカード供給が逼迫したために、定期券利用者以外への発売を一時中止したというのは、最大瞬間風速的熱狂現象の可能性を現時点では否定できないにせよ、多くの利用者が運賃制度になにを求めているかの示唆といえる。 500円ものデポジットを投下しようとも、割引が一切なくなろうとも、出改札の手間を簡単明瞭にすることを相当多数の利用者が希望していることは確実である。

 そして、あくまでも安さや正しさ(例:JR−メトロ−JR連絡割引)を求める利用者は、その知識を駆使し乗車券・回数券を買えばよいだけの話のように思える。ICカードといえども機能に上限がある以上、複雑怪奇な運賃制度を網羅できず穴が残ることはありうる。その状況が正しい、と擁護するつもりはない。しかし現実に、相当多数の利用者がそのデメリットを許容しつつ(ただしデメリットを知らない可能性も指摘できるのだが)、ICカードの利便性を求めた事実は大きい。デメリットを許容できない層はICカードを使用せず乗車券・回数券を買えばよいのだ。それでも今までとなにも変わらないのだから。利便性には多様な断面があるのだから、鉄道会社にその全てを求めるのは欲深すぎるとも形容できる。

 参考までにいえば、連絡運輸にかかる運賃割引問題は、定期券利用者においてまったく生じないのである。そして同時に、鉄道各社はおそらく、ICカード導入に伴う幾つかのサービス中止・変更に対する批判を意に介していない。なぜならば、相当多数の利用者がICカードが複雑怪奇な運賃制度を忠実にトレースするより、出改札の簡素化を支持するであろうことを確信しているからである。

 筆者が考えるに、ICカードが運賃制度を網羅できない点を批判するより先に、むしろ複雑怪奇きわまる運賃制度そのものを改めるべきではないか。 pasmoが導入できるならば、いわゆる運輸連合方式<共通運賃制度>の導入も可能であろう。現段階でそこまで論じては、飛躍にすぎるだろうか。

Suica
ICカードの先輩 Suicaカード





■連絡運輸はどこまで


昔話Ⅲ−−連絡運輸は常に有限

 これは約15年前のこと。筆者は富士急行線内から大月までの切符を購入して乗車した。次の列車はJR直通。当然ながら、無札のままでJR線内を乗車することになる。目的地は実は神保町だったので、どういう措置になるか興味があり、高尾で京王電鉄にそのまま乗り換え(当時は中間改札がなかった)、笹塚で都営新宿線に乗り換え、神保町まで乗車した。その神保町での有人窓口での会話。

  筆者「精算です」

  駅員「なんですか、この切符」(かなり困惑した様子)

  筆者「大月−高尾−新宿−神保町間が未払いなんですが」(正直に言ってみる)

  駅員「(かなり考えてから)では、高尾−新宿−当駅間の運賃を頂戴します」

  筆者「JR分はいいんですか?」

  駅員「JRとは連絡運輸をしていないので、こちらで頂いても、JRには支払えないのです」

  筆者「……(絶句)……」



 鉄道の運賃制度において、連絡運輸には根本的な矛盾がある。同じ鉄道線内において、運賃計算は最短経路により行うのが一般的だ。そして、実際にどのような経路を通ったか、鉄道会社側では把握できない。それゆえ利用者は、自分好みの経路を選択することが可能である。これは定期券についても同様で、経路指定されているものの、途中下車をしようとしない限り鉄道会社側で利用者の選択を把握できない状況は変わらない。

 ところが連絡運輸においては、鉄道各社の会計がそれぞれ独立している建前から、実乗経路に基づき運賃計算するのがルールである。要するに、線内単独での運賃計算とは全く相反する原理原則を適用しているわけで、それゆえの矛盾ということになる。

 この最も有名な例は、常磐線綾瀬以北−(千代田線)−山手線西日暮里以西であろう。綾瀬では乗換ができず、北千住では地下と地上にホームが離れており、そもそも同じ列車に乗り続けているだけなのに、千代田線を経由したということで綾瀬−西日暮里間の割高なメトロ運賃を付加しなければならないのは、利用者にとってあまりにも理不尽な措置というしかない。

 もう一つの典型例は、東上線和光市以北−メトロ池袋以南である。和光市−池袋間では東武東上線とメトロ有楽町線の選択が可能であるが、いったん定期券を購入してしまえば、選択乗車は不可能になる。朝は有楽町線直通列車に乗り混雑を避け、夕は池袋始発の列車で着席したい選択性向を有する利用者にとって、この措置は苦痛である。

 最新の事例としては、伊勢崎線北千住以北−メトロ大手町以南をあげておこう。北千住で乗り換えて千代田線を選択するか、それとも半蔵門線直通を選択するか。直通の利便性から半蔵門線直通を選択しても、運賃に開きがありすぎるため、券売機では北千住接続のボタンを押す誘惑に駆られる利用者は決して少なくないだろう。

 十を超える大手鉄道会社が併存、相互直通列車が縦横無尽に走り、選択経路が複数存在している状況は、世界唯一といってよい。このような現状があるというのに、実乗経路による運賃計算が基本という建前は、あまりにも四角四面といえる。

 だからといって、以上のような論旨を明確にしない限り、ICカードによる運賃計算は最安経路によるべき、とする主張は不当である。悪法もまた法、という喩えがあるとおり、利用者にとっては理不尽かつ不便きわまりない運賃計算ルールにも、相応の歴史があればこそ現在の姿があるのだから。

 とりわけ、中央線中野以西−総武線西船橋以東の選択乗車において、常にメトロ東西線経由の運賃計算によるべし、といった類の主張には問題が多く不道徳含みと指摘せざるをえない。西船橋中間改札設置、という物理的障壁に関する批判はとりあえず措くとしても、JR−メトロ−JRと連絡する乗車券を購入して、そのとおりのルートを実乗すればよいだけの事柄を、どうして批判しなければならないのか。この主張を展開する向きの一部には「たとえ全線JRを乗車しても最安経路で運賃計算をすべき」という底意がうかがえる。いうまでもなく、現時点でこのような乗り方は不正である(たとえ鉄道会社側がチェックできなくとも不正は不正)。ICカードの機能不備を口実として不正乗車を奨励するような論陣を張っているとすれば、悪乗りにすぎよう。そうではなく、あくまでもICカード機能不備に対する批判が太宗と信じたいが、いかがわしさを伴う主張が散見されることも改めて記しておきたい。

大川駅
ICカードの普及を促進した簡易改札機@大川駅
(事実上の信用乗車システムでもある)


 最後に、ICカードの機能活用により、少なくとも定期券においては、連絡運輸の概念が変革しうる可能性を記しておきたい。例えば、押上−(半蔵門線)−水天宮前…人形町−(日比谷線)−秋葉原…岩本町−(新宿線)−神保町と乗車する利用者がいるとしよう。押上−神保町間は半蔵門線が直通しているから、現実にはまず選択されないルートであるが、そこは頭の体操がわりの例題とお考え頂こう。

 水天宮・人形町も、秋葉原・岩本町も、それぞれ乗換駅として設定されていない。それゆえ、これらの駅を跨ぐ直通切符は売られていない。だが、ICカード定期券ならばどうだろう。まず押上−水天宮前間を購入。次いで人形町−秋葉原間を購入し、一枚のカードに上書きする。岩本町−神保町間についても同様の手続を行えば、押上−水天宮/人形町−秋葉原/岩本町−神保町間の連絡定期券ができあがる。(※ただし、メモリ容量の制約などから、現時点ではまだ実現できないかもしれない)

 ICカードの売上は株式会社パスモが一括して把握し、利用実績に応じ鉄道各社に配分するプラットフォームを生かすことにより、(定期券限定とはいえ)連絡運輸は相当幅広に拡張できる可能性を秘めているといえまいか。逆にいえば、乗車券におけるICカードとは、連絡運輸の範囲を最大化する取り組みと近似することが可能なのである。勿論、現時点では機能面での不備も少なくないのだが、この利便性はもっと強調されても良いように思われる。そして、この利便性を過小評価(もしくは無視)して、ICカードの不備を批判する論法は、首都圏の鉄道ネットワーク独特の複雑怪奇な運賃制度が内包する問題の大きさからすれば、いささか枝葉末節の観あり、といえなくもない。





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※本稿はリンク先「交通総合フォーラム」とのシェアコンテンツです。





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