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W杯に見る在来線波動輸送の限界(後半)

 

 

■カシマスタジアム輸送

 鹿島神宮は、臨時の特別快速でさえ、東京から2時間近く要する遠さにある。

 東京を中心にした路線距離は、鹿島神宮 113.1km、仙台 351.8km、新潟 333.9km、掛川 229.3km。ところが、時間距離はいずれも同じ、約2時間である。同じ関東平野にあるというのに、なんという遠さだろう。その一方、上野から水戸までの 117.5kmを「スーパーひたち」は65分で結ぶ。鹿島神宮は、地理的条件からは考えられないほど、遠い遠い場所になっている。

 その鹿島神宮を最寄とするカシマスタジアムで、W杯3試合が開催された(※)。遠いということだけでも充分問題であるが、輸送力不足があまりにも顕著だった。

   ※カシマスタジアムでの開催日は下記のとおり。
      6月 2日(日)アルゼンチン対ナイジェリア
      6月 5日(水)ドイツ対アイルランド
      6月 8日(土)イタリア対クロアチア

 臨時特別快速「カシマスタジアム」E217系11連4往復、それが輸送力増強の全てだったというのは、信じがたい手薄さである。その合間の定期 113系4〜8連は、もとより輸送力に難があり、特に 4連の運行は利用者にとって酷すぎる措置といえる。

 

■波動輸送に対応しきれなかった鹿島線

 「検証:近未来交通地図」におけるエル・アルコン様の詳細な分析を以下に記す。

   ・W杯観客のうち鉄道利用の予想は約10,000人/日(うち鹿島線 8,500人/日)
   ・予想利用者数÷輸送力の単純除算は118〜146人/両(E217系の定員 162人/両)
   ・鉄道利用実績は鹿島線で11,000〜12,900人/日(想定より29〜52%増)
   ・実績利用者数÷輸送力の単純除算は 222人/両(最大値 6/2)

 この数字からは、予想より実績が増したぶんだけ混雑したように見えるかもしれない。しかし、実態はそうではない。日本の鉄道車両には「立席定員」という奇妙な概念があり、総定員のうちおよそ半分以上が着席できないのである。

 朝夕のラッシュ時であれば、これもまた尋常ならざる状況とはいえ、利用者側にもまだ慣れがある。だが、これはW杯、非日常的な輸送である。しかも2時間近くかかる遠い地に行くのである。外国からやってきた利用者も少なくない。これらの点を鑑みれば、座席定員のみで運びきれるほどの輸送力を設定すべきでなかったか。

 予想に対しても過小な輸送力に、予想以上の利用者が集中した。その結果は写真の如き大混雑である。

 
 写真−1  特別快速カシマスタジアム号
 この写真は 6月 8日(土)イタリア対クロアチア戦に向かう列車の様子を撮ったもの。朝夕ラッシュ時なみの混雑が呈されていることがわかる。先頭車付近は多少空いていたものの、全体としては相当な混雑と目せるレベルにある。しかも終点鹿島神宮まで2時間近くこの状態は続くのである。報道では「混乱は特になかった」とされているが、利用者の実感からは乖離している。

 

■なんとか対応しきったバス輸送

 勿論、ひとり鉄道のみが大混雑したわけではない。同じく「検証:近未来交通地図」のとも様の記事によると、バス輸送もおおいに混雑した様子。バス台数が決定的に不足した形跡さえうかがえ、よくぞ破綻せずに乗り切れたものだ。ぎりぎりの局面に至ってもなおバス台数を確保しえた柔軟な対応は、たいしたものである。

 そして、バスと鉄道では根本的に違う点がある。バスは乗車までいくら長時間待とうとも、乗ってしまえば確実に着席できる。ところが、鉄道では着席の保証がまったくないのである。

 さらに特筆すべきは、道路交通に特段の渋滞はなかったことで、その点でもスムースな輸送が実現されたのである。

 これを裏返していえば、仮に自家用車でスタジアムに出かけても、駐車場が充分に確保されていれば、やはりスムースな移動が可能であった可能性がある。この点に関しては、重大な注意を要するところである。

  
 写真−2・3  東京駅八重洲口鹿島神宮行バスベイの混雑(撮影:とも様)
 この写真は同じく 6月 8日(土)イタリア対クロアチア戦に向かう鹿島神宮行バスを待機する利用者の様子を撮ったもの。左の写真では、列の最後尾は八重洲ブックセンターの対面まで達している。一時は配車が不足する懸念もあったが、どうにかさばけたようだ。なによりも、乗ってしまえば着席できる安心感は大きい。

 

■総括

 カシマスタジアム輸送が遺したものはなにか。

 まずは、利用者の鉄道に対する不信感である。W杯の試合となれば、日頃は鉄道を使わない層の利用も多かったはずだ。滅多に使わない鉄道に乗ったがゆえに、2時間も混雑に揉まれたとあっては、良い印象など持ちようがないであろう。

 ことに外国人利用者には、日本そのものに対する悪印象を抱かれたおそれもある。外国とりわけ欧州では、幹線鉄道は着席が大前提である。都市圏の地下鉄では混雑があっても、日本ほど酷烈な状況ではない。そういった常識を持つ利用者が、日本の朝夕ラッシュなみの混雑に投げこまれれば、不快どころか嫌悪の念を持つであろう。

 上記を鑑みれば、往路グリーン車立席を認めたというのも信じがたい措置である。日本は世界的に見て稀な平等社会、他の国はおしなべて階級社会である。加算料金を払うことは自分のステータスを確保する行為であり、普通利用者より優遇されてしかるべきという観念がある。そのグリーン車に立客を認めるというのは、契約違反と指弾されてもしかたない。復路のようにグリーン車開放(料金不要)とした方が、若干の不公平感が伴うとはいえ、より明快な措置ではなかったか。

 

■「その時歴史が動いた」になりかねない懸念

 そして、さらに決定的で深刻な点がある。あるいはそれは、交通史の転換点になる事柄になるかもしれない。

 大規模イベント開催時において、「公共交通の利用促進(優先)」は疑いのない公理として認識されてきた。ところが、カシマスタジアム輸送では、鉄道は充分な役割を果たせない実態を露呈してしまった。その一方で、道路交通には特段の混乱は起こっていない。

 「大規模イベント開催時には自家用車利用を優先すべきだ」という観念が、利用者側にも、そして行政側にも、惹起され定着していくのではないか。

 その萌芽は既にある。例えば、東京ディズニーランドがそうだ。自家用車での来園者が多数を占め、鉄道ほか公共交通の利用は補助的手段にすぎない。園内は大混雑していても、広大な駐車場及びバッファゾーンの存在により、アクセスの混雑は目立たない。

 同様の手法は、大規模イベントにも応用できるものである。会場直近はバッファゾーンとして来場者の滞留に備え、駐車場はゾーン外に配置する。ゾーン外は空間設計の自由度が高く、充分な面積の駐車場確保が可能である。駐車場から会場まで連絡バスを設定すれば、なおよいかもしれない。

 W杯カシマスタジアム輸送の先例に学び、自家用車を軸とした輸送体系を確立しよう。そんな機運が起こらないと、誰がいえようか。

 鉄道にその実力がないならば、軽く見られてもやむをえない。しかし、実際にはそうではない。充分な輸送力を供給しなかったJR東日本(あるいは千葉支社)の対応は、問題といわざるをえない。歴史転換の引き金をひいたとなれば、「8日ゼネスト」に匹敵する問題行為(正確には不作為か?)になりかねないのである。

 

■交通システムとしての在来線の課題

 東京地下駅を起点とする総武快速線系統であるため投入可能な資源が少なかった、との制約はあったかもしれない。この点について、いま少し検証してみよう。

 総武快速線東京地下駅に投入できる車両は、E217系及び 183系(前面貫通かつ ATC装備車)に限定される。E217系は総武横須賀快速線系統のみで使用されている稀少種である。中央線系統のE257系投入により 183系は置換が進みつつあり、余剰車は前面非貫通タイプが多い。従って、両車種とも他線区から直接の調達はできない。

 W杯カシマスタジアム輸送において、考えられうる最善の解は、下記のとおりである。

   ・E257系を1ヶ月前倒しで中央線に投入する。
   ・中央線で余剰となった 183系を京葉線系統に配転する。
    (京葉線東京駅には非貫通車も運行可能)
   ・京葉線系統の 183系を、中央線余剰編成から抜いた中間車増結のうえ、総武快速線系統に配転する。
   ・このほか、房総系統 183系の予備車両を増結投入する。
   ・以上の措置により、 183系×11連× 4編成が鹿島線に投入可能となる。
   ・E217系×11連× 4編成とあわせ、下記の列車体系を確立する。
      特別急行「W杯カシマ」号× 4往復
      (列車定員制&全席自由/通勤ライナーの応用)
      (往路無停車/帰路は成田・千葉・船橋・錦糸町に停車)
      特別快速「カシマスタジアム号」× 4往復(実績のとおり)

 
 写真−4  北長野に留置中の 189系(平成14(2002)年 6月)

  
 写真−5・6  留置中の 183系(平成14(2002)年 7月)(左:北長野/右:豊野)
 中央線へのE257投入に伴い、「あずさ」「かいじ」用183・189系の余剰車が大量に発生している。上の写真はいずれも廃車待ち留置の編成であろう。写真−4の 189系は 6月中に姿を消し、翌 7月初頭に写真−5・6の 3編成が留置された。E257系の投入を1ヶ月前倒しすれば 183系 4編成を捻出できるとの根拠は、この留置編成を実見したことによる。それにしても、一方で輸送力を逼迫させ、もう一方でまだ(少なくとも数ヶ月は)使える車両を寝かせておくとは、特筆に値するアンバランスな措置ではある。

 

 これだけの措置をすれば、充分に潤沢な輸送力を提供できたはずである。ダイヤの整合をとれるかどうか詳しい検討をしていないが、特別急行とはいえ高速度が要求される質の列車ではないから、通常ダイヤに割りこむ余地くらいはあるだろう。

 それでもなお輸送力が足りないとあれば、常磐快速線で余剰となっている 103系を回すという荒技だってあった。その場合起点は千葉か両国あたりとなるが、いずれにせよ手はまだあった。

 これほど極端なことをせずとも、土日の開催日は、平日ラッシュ用のE217系編成を投入できたはずである。問題は水曜開催の 6月 5日となるが、これも通常ダイヤの津田沼折返列車を計画運休すれば、充分な編成数を捻出できた可能性が高い。

 

 全国的に見れば、W杯輸送はうまくいったといえる。成功のうちに終えた要因は、特に新幹線においては「完結した輸送体系」に求めることができる。新幹線じたいは全国規模のネットワークでも車両や人員の手配は局所的、しかも盆正月など多客時輸送対応のため資源は豊富に存在する。

 総武快速線系統の場合、輸送体系そのものは完結していても、地下線運行に絡む特殊性が災いした面がある。在来線ネットワークは、互換性の乏しい規格の集積からなる点に、充分な注意が必要である。そして、分割民営化以降同じ社内でも分権化が進み、横方向の意志疎通が難しくなっている点も指摘しなければなるまい。

 W杯カシマスタジアム輸送が示したもう一つの教訓は、在来線波動輸送には充分な対応を期しがたい場合がある、という点にある。規格が細分化され、意志決定も分権化された在来線は、幹線鉄道の主役とはなりえなくなっている兆しともいえる。

 

 たった3日の輸送に大規模な配転は過剰投資、支社をまたがる連絡調整の難しさ、等々JR側も「言い訳」には事欠くまい。しかしながら、歴史転換の引き金をひいてしまったのであれば、百万言を費やそうとも追いつかない。残された結果は、鹿島線が波動輸送に充分対応しきれなかったという事実である。当然ながら、それに対する評価は、どれほど厳しいものであろうと、甘んじて受けなければならない。厳しい評価でも受けているうちが華、バッシングがパッシングに転じてしまえば、鉄道にはなにも残らないのである。

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■著作権の明示

 写真−2・3の著作権は「とも」様に帰属します。

 

■参考資料

 本稿を記すにあたっては、エル・アルコン様、とも様、Tom様の記事を参考にしました。ここに明記することにより、謹んで感謝の意を表します。

 

 

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