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治安の良さを裏づけるもの





■日本経済新聞平成17(2005)年 7月20日付記事「大機小機」より


  石油の所得移転は安保を左右

 一次産品の価格上昇は、消費国から産出国への所得の移転を意味する。昨年来の原油相場の高騰によって、中東産油国には集中的な所得の移転が起きている。……
 ……
 人口爆発に油価低迷が続いた過去二十年間に中東の社会のきしみは増した。急膨張した若年層の雇用問題、「学校を出ても職がない」現象の広がりこそ、イスラム過激派の同調者が増えた主因の一つだった。世界は安い石油もメリットを享受する一方で、中東に発する安全保障リスクを蓄積させてきたともいえる。
 七〇年代から八〇年代初めにかけて消費国から産油国に所得が移転、八〇年代後半から二十一世紀初めにかけては、逆に産油国から消費国に所得が移り続けた。今その反動として産油国に移る所得は、中東の政治のきしみをとりあえず和らげる効果を持つのか−−産油国の新たな好況の行方は、世界の安全ともつながってくる。

 (花山裏)





■不愉快な出来事

 先日、たいへん不愉快な出来事に遭った。置き引きにやられたのである。状況はこうだ。

 朝のうちの空いている時間帯に、ある駅から始発列車に乗ろうとした。自分の席を確保するため、席の上にお土産を入れたビニール袋を置き、手洗に立ったのだが、わずか数分後に戻ったところビニール袋が消えていた。網棚に乗せていた、一眼レフカメラのセットをしまったバックは無事。さらに探したところ、ゴミ箱の中からビニール袋が見つかり、お土産だけが抜かれていた。これには腹が立った。盗まれたお土産が千円もしない品ゆえに、なおさら腹立たしかった。被害を訴えるには、あまりにもばかばかしい少額ではないか。

 腹立たしい理由はもう一つある。手口がかなり手慣れているように見受けられたからだ。車内の通路を歩いて、持ち主が近くにいない荷物を発見、それを手にとって中身を改め、必要なものだけを窃取し、残りはすぐゴミ箱に捨てる。席からゴミ箱までの距離からして、この一連の動作は10秒程度で完結したものと推測される。お土産だけを盗んだのは、被害額が低いゆえ泣き寝入りするはずだと読み切ったからに相違ない。手際が良すぎるほどで、よほど慣れていなければ、この速さでの実行は難しいところだ。速さは「習慣性」あるいは「常習性」に通じる。それゆえ腹立たしさが募るのだ。



 日本は治安の良い国、とよくいわれる。近年さまざまな重大犯罪が起こっているため、治安の良さが揺らぎつつあると反論されるかもしれない。しかし、日常生活を営むレベルにおいて、犯罪からわが身を護るため身構える必要性が薄いという意味において、日本は間違いなく治安の良い国である。

 国内では実感しにくいが、外国に行くと日本の治安の良さは突出していると痛感する。外国の都市、例えばロンドンあたりでも、道行く人々の身のこなしにはどこかしら緊張感があった。緊張せず弛緩しているのは、例外なく日本人観光客で、特に修学旅行高校生の「骨なしクラゲ」ぶりには目を覆いたくなるほどだった。

 これをだらしない、と評するのは簡単だ。実際のところ、これほど無防備で油断だらけの姿勢でよく道を歩けるものだ、と現地で感心した覚えもある。しかし、裏返していえば、日本人が如何に恵まれた世界に住んでいるか、という証ともなる現象なのだ。身構えずに生きていける社会とは、なんと幸せなのだろうか。

 先の記事を引用したのは、以上のようなことを伝えたかったからだ。日常生活の中では実感しにくくても、日本社会は間違いなく豊かだ。少なくとも、今日の糧はまずまず確保されているし、飢餓に陥る危険はほとんどない。そういう豊かさが、日本の治安の良さを下支えしている。なにか犯罪が起こったとき、容疑者が外国人であると強調される事例がままあるのは、豊かでない国から日本の豊かさを盗みにやって来た輩がいる、という共通認識の再確認が含まれているからに違いない。豊かな国日本の住人はわざわざ盗みを働く必要などない、という意味での安心感の確認ともいえる。

 ところが。

 置き引きに遭って、以上の筆者の認識は一変した。豊かな社会では犯罪をおかす必要も必然もなく、それゆえ治安の良さが保たれてきたはずだった。ところが、明らかに常習性を持って、詰まらぬ犯罪を繰り返しているであろう人物の存在を、筆者は経験的に知ってしまった。類例を考えてみれば、近年引ったくりの被害が頻発しているというのも、この種の「常習性」が支えている可能性を指摘できる。

 日本は確かに豊かな社会で、治安の良い社会でもある。しかしその底流には、軽微犯罪の「常習性」という諸悪の種−−あるいは遺伝子がひそんでいることに気をつけなければなるまい。「日本は世界一治安の良い国」という風評にあぐらをかいていては、遠からぬ将来に痛いしっぺ返しに遭うおそれ、決してないとはいえないのである。





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