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「想定外」と「絶対安全」





■「絶対安全」

 筆者は技術者の端くれである。それゆえ技術の限界を知っているつもりであり、「想定外」という概念が存在していることを知っている。世の中には「絶対安全」という言葉がいたずらに流布されてはいるが、「絶対安全」なる概念など成立しえないことは、ひとり筆者のみならず技術者であれば誰でも知っているはずである。

 設計する時点において、外力を無限大に設定することは不可能である。即ち、どのような外力が加えられてもこわれないものをつくることは不可能である。即ち、あらゆる設計において「想定外」の事態は発生せざるをえない。

 例えば、振動加速度1000ガルの地震を想定し建物をつくったとする。そこへ1200ガルの地震がやってくれば、この建物はこわれてしまう。ならばと設計条件を1300ガルに上げたところで、1500ガルの地震がやってこないとの保証はない。そもそも、対1500ガルの設計に1000ガルの地震がきた場合であっても、振動エネルギーが建物の一部分に集中すれば、その一部分だけがこわれる事態もありうる。

 あらゆる事態を想定して「絶対安全」であるべき、という論調には、自然に対する倨傲と驕慢、それ以上に無知蒙昧を感じてしまい、断じて与せないという感覚が筆者にはある。

 否。……あった。もはや過去形である。想定に対する線引きが、筆者においては曖昧であった。いうまでもなく、「想定外」の外力に対する「絶対安全」など決してありえない。しかし、「想定範囲内」の事象に関する限り、安全には絶対性が求められる、ということなのである。





■事態を事前に想定していた神眼

 原子力発電所という設計概念において、いま福島で起こっている事態を洞察し、14年前から世に問うていた人物がいる。

    【表紙】2011年東北地方太平洋沖地震による「原発震災」について(石橋克彦)
    【論文1】原発震災──破滅を避けるために
     『科学』(岩波書店) Vol.67, No.10 (1997年10月号)掲載
    【論文2】迫り来る大地震活動期は未曾有の国難──技術的防災から国土政策・社会経済システムの根本的変革へ
     第162回国会衆議院予算委員会公聴会(2005年2月23日)での公述
     →『人間家族』(スタジオ・リーフ)2005年3・4月号(通算345号)掲載

 石橋先生の【論文1】は、場所こそ違えど、今日現在進行形で福島原発で起こっている現象について言及したものである。これだけ古い時期にこれだけ的確な予測ができるとは、途方もない洞察力と評さなければならない。ほとんど神眼の域である。このように将来を予測できる方を、筆者は尊敬する。

 しかも石橋先生は、【論文2】を国会で公述しておられる。原発以外の他の震災形態についても言及しているため、だいぶ端折っている感が伴うものの、本質的な部分は充分に表現されている。

 石橋先生の凄いところは、史上最大級の地震でなくとも、「震災」の発生がありうると指摘している点にある。東北地方太平洋沖地震は近代観測史上最大級の大地震であったが、たとえもっと小さな地震でも津波に浸かってしまえば、まったく同じ事態が発生した可能性は高い。それどころか、地震など発生せず、単なる水害や高潮による浸水であっても、同じように事態が推移したかもしれない。石橋先生の指摘は、設計条件を想定するだけでなく、全体をアセンブルする視点が重要であることを示している。



 事態を想定できる人物は存在した。しかも、その想定を国会で発信しておられた。

 つまり「想定外」の事態などなかった。設計者の恣意もしくは怠慢により「想定外」にされただけ、という話にならざるをえない。

 想定範囲内の事象に対しては、しっかり対応できなければならない。その意味において、安全には絶対性が求められる。地震じたいは千年に一度、ないしは未曾有の規模であろうとも、原子炉は耐えきった。

 問題は津波である。否、津波であろうがなかろうが、非常用発電系統が浸水し、機能を停止したという事象である。発生した事象は石橋先生の指摘そのままであり、事前に想定可能で、さらには対応策まで講じられたはずなのだ。「想定外」だったという言い訳は、結果の重大性もあり、受容されることなどありえまい。

 技術者は自然に対して謙虚でなければならない、部分だけではなく全体を見渡さなくてはならない、と痛感する。起こりうる事象を想定し尽くし、その範囲内では安全の絶対性を確立しなければならない。以上が「想定外(というよりむしろ想定範囲内)」と「絶対安全」の真の定義である、と筆者は信じる。





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