このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

 

続・空港タクシーについて

 

 

■続・空港タクシー乗車の記

 このシリーズ冒頭で紹介した空港タクシー、再び利用する機会を得たので改めて詳しく記してみたい。

 とある週末、筆者は札幌に行く所用ができた。本来であれば、羽田発の金曜日最終便に搭乗したいところだが、仕事の都合でどうしても間に合わない。そうなると土曜日始発便を使わざるをえないが、これに接続する新幹線「あさま」など存在しない。

 残る選択肢は、空港タクシーしかない。夜行便になるから辛いなと思いつつ、やむなく予約を設定した。

 

 わが家にタクシーが横づけされたのは、土曜未明 1時過ぎ。既に先客があり、須坂から乗ったという女性客が前列シートに陣取っている。こちらは後列シートに座って、一定の距離を保つことにする。狭い空間での乗り合いだから、それなりに気を遣わなければなるまい。この女性客はその点無頓着で、整髪料の匂いがかなりきつかった。

 タクシーは長野市内を巡り、もう1人の女性客が乗車してくる。この客は中列シートに座って出発進行。運転士の説明は明るくきびきびしていて耳に心地よく、好感が持てる。

 上信越道長野ICを 1時35分に通過。未明の高速道に渋滞などなく、快調に進む。後列シートは3人掛けで、ここに横になればよく眠れるかと思いきや、タクシーは路面の凹凸をよく拾うようで、振動がシートからじかに伝わりほとんど眠れない。

 横川到着 2時30分、最初の休憩である。飲物を求めて渇いたのどを潤す。横になっては眠れないと運転士に申し出ると、それならばシートをリクライニングさせましょうと便宜を図ってくれた。

 今度は実に快適である。出発した瞬間眠りにつき、目覚めた時は次の(そして最後の)休憩地三芳であった。時計を見ると 3時30分、横川では起き出して電話をかけるほど元気のあった相客2名も、ここではすっかり熟睡している。

 再び目覚めた時には、もはや羽田空港目前であった。到着時刻は実に 4時30分。復路のピックアップの説明があったため、解放されたのは 5時になってからだが、それにしても速い。搭乗便のチェックインまで40分、朝食をとろうにも開いている店はなく、しばらく手持ち無沙汰なほどであった。

 
 長野と羽田・成田・小牧各空港を結ぶ空港タクシー(早朝の羽田空港にて平成14(2002)年撮影)

 昨年と比べ「空港便」というロゴが付加されており、かなり派手になった感じがある。なお、通常のメーターも設置されているようで、大型タクシーとしての運用に就く場合もあることがうかがえる。

 

■安い!速い!

 空港タクシーの運賃は、長野−羽田空港間で 6,900円。新幹線を圧倒する安さである。そして、実質的な所要時間はわずか 3時間強。これは速い。自宅から空港ロビーまでの総所要時間を考えれば、新幹線に匹敵する超高速モードといえよう。未明の渋滞がない高速道を往くとはいえ、侮りがたい高速性である。

 安いうえに速い、しかも重い荷物も楽に運べる、搭乗便にあわせ時間を有効に使える、等々利用者にとってのメリットは数多い。

 自宅からそのまま出かけられる、という点も大きい。新幹線も速くて便利ではあるが、長野駅までが遠い。駅まで(から)タクシーということも往々にしてある。運転士によれば、長野近郊のみならず、北は飯山まで回ってくれるそうだ。ここまで送迎エリアが広いと、利用者としてはおおいに都合がいい。

 

■ニッチの需要でじょうずな商い

 そうはいっても、タクシーはワゴン車、定員は7名にすぎない。需要としてはニッチ、とみなされるのが普通である。

 しかし、ビジネスとして考えれば損益分界点は相当低い側にあり、需要波動次第ながらなかなか収益的な事業なのである。

 現在の運賃設定では、1人目の客で物件費(高速料金とガソリン代)がほぼ相殺され、2人目の客で人件費と車両償却費の一部が賄われ、3人目の客がいれば利益が出るものと考えられる。往路は3人乗車だから、おそらく利益が出ているはずだ。

 問題は帰路どれだけ乗るかである。早朝の羽田空港に到着便などない。運転士に尋ねてみると、これから成田空港に回送のうえ、長野までの客を7人乗せて帰るとの由。4人目以降の運賃は全て純益だから、かなり太い商いといえる。

 羽田の早朝は出発便の、成田の早朝は到着便の、それぞれラッシュである。異なる場所に発生する、しかもまったく逆方向の需要を、うまくつかまえる機動力。タクシーという小ぶりな器だからこそできる芸当といえようか。

 

■快適と安心

 ワゴン車とはいえ、タクシーのシートは深い角度までリクライニングする。そのため、眠るのにも快適だ。筆者は寝台車以外の夜行列車では熟睡できたことがない。ところが、このタクシーにおいてはあっさりと眠りに就けた。それだけ快適だった証である。

 また、相客2名はいずれも若い女性であった。仮に今日でも長野−上野間の夜行列車が運行されていたとして、彼女たちは鉄道を利用するだろうか。その答は、残念ながら「否」である。いささか語弊のある喩えながら彼女たちには「鉄道を使う雰囲気」がない。いや、この喩えは逆であろうか。「鉄道には若い女性に好まれる雰囲気」がない、と認定した方が現実に合致していそうだ。

 夜行列車とタクシーではどこが違うのか。それは安心感である。タクシーが扉を閉めて出発すれば、痴漢や置き引きにあう危険など顧慮せずにすむ。夜行列車(特に座席車)はあまりにも開放的で、利用者にとっては無防備なのだ。停車駅が多いというのも、不安を惹起する一要素といえる。

 

■柔軟性こそ空港タクシーの魅力

 空港タクシーは利用者に快適と安心を提供し、しかも廉価で高速性も備えている。送迎エリアは幅広く、善光寺平をほぼ網羅している。これだけの要素が揃っていて、なぜ未だニッチなのか。不可解ですらある。

 長野から首都圏への需要の大部分は新幹線が担っている。長野−東京間は遅い列車でも2時間以内、新幹線の優位が動くことは当面考えられない。しかし、運行頻度は毎時1本+αと固定されているし、夜行列車の運行もない。重い荷物を持って駅まで行くのは億劫な時もある。

 大量高速輸送が鉄道の本義であれば、柔軟に利用者のニーズに応えるのが空港タクシーの魅力なのであろう。これは相互に競合しているというよりも、むしろ補完関係といえるかもしれない。

 空港タクシーが今後どれほど伸びるのか。今後の展開は要注目である。

 

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