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書評(平成12年4月28日)

『(御宿かわせみ)横浜慕情』
(平岩弓枝著:文藝春秋)

 御宿かわせみは、平岩弓枝氏が昭和48年からもう30年近く書き継いできた捕物を中心にした人情話の人気シリーズである。NHKやテレビ朝日でドラマシリーズ化されたこともあるので、覚えている人や知っている人もかなりいると思う。
私のハンドルネームも(この小説を知っている人ならすぐ気づくはずであるが)そこに出てくる南町奉行所定町廻同心の名からとったものである。
 この小説を私が知ったのは、実は、NHKのドラマによってである。このドラマをみた時、今までの単純なストーリーの時代劇とあまりにも違い、捕物話が中心でありながら、犯人を捕まえるまでのそのストーリーに重きを置いているというより、罪や事件を犯す人々の人間模様というか人間の性(さが)を描いているその奥深さに思わず衝撃を受けたのである。そして回を重ねて観ていくうちに、これはテレビだけではもったいない、小説も全部読んでやろう、と読み始めたのが、私がこの小説にハマルきっかけであった。以来、私は、この「御宿かわせみ」をはじめ、平岩弓枝氏の時代小説の大ファンとなってしまった。
 江戸情緒タップリなこのシリーズは、私がよくお世話になっている 『御宿かわせみの世界』 のホームページによれば、オール読物に掲載されてまだ単行本化されていないものを含めると何と211話を超えているとのこと。今後も長く続くことを期待したい。ただ気がかりなのは、この話は幕末の江戸を描いており、今回の「横浜慕情」はどうももう、1860年代半ばの話のようである。すなわちあと、3、4年で明治維新ということだ。明治になって果たしてどのように生きていくのかも楽しみだが、江戸情緒を描く時代小説としては書き続けるのは難しいだろう。しかしながら、せめて大政奉還までの生きざまは描いて欲しいと願う私である。

 私は思うのだが、江戸情緒が最高の円熟味に達したのは幕末ではないだろうか。それだからこそ、捕物帳は大概、江戸後期か幕末を描いているのであろう。こう書くと皆様は意外に思うかもしれない。しかし、ご存知遠山の金さんは、水野忠邦の天保の改革の頃の話だし、同じ平岩さんの「はやぶさ新八御用帳」も、新八が仕える殿の根岸肥前守が南町奉行を務めたのは寛政10年から文化12年だから江戸後期の話なのである。また岡本綺堂の「半七捕物帳」、久世十蘭の「顎十郎捕物帳」なども皆幕末の話である。なんか金さんが幕末というと変に聞こえるかもしれないが、彼に関する年表をみると没年は安政2年(1855)だから、ペリーの来航を見て没しているのである。

 余談はこの辺までにしておいて、今回の単行本のタイトルだが、いかにも幕末らしく「横浜慕情」である。この小説が書き始まった年代においては、横浜は、まだその名さえほとんどの人に知られない寒村であったのだが、ペリーが来てからというもの、長崎を抜きあっという間に日本を代表する交易都市となってしまった。この「横浜慕情」の前に書かれた話でも、外人相手の人攫いの話やら、大麻の話しなどで、すでに何度か出てくる地名となってしまった。今回は何と英国人水夫まで出てくるのである。

<では1つ1つの話を順を追って簡単に紹介していこう。>
 第1話の「三婆」であるが、深川霊厳寺が、改築のための富くじの興行を7年ぶりおこなうことになった。小名木沿いの町名主の娘の3姉妹の老女が、それぞれ、1枚、27枚、40枚富くじを買うが、物腰がのんびりのため、富くじを1枚しか買わなかった長女のために、三女およねが一番多く買った次女のおかめに言って、長女のおつねに富くじを1枚分け与えさせた。ところが、富くじの結果は、何と、長女のおつねが一番くじを・・・・、話は姉妹喧嘩から・・・・。
 第2話は、「鬼ごっこ」。ある日、畝源三郎の手先である長助が、一人の訳ありの娘を泊めてやってほしいとかわせみにやって来た。聞けば、飯倉の大店の娘が駆け若い時分に駆け落ちしてもうけた3人の子の1人で、母親は駆け落ちした相手ともうすでに別れて、その娘以外の2人の子を連れて実家に戻っているという。その娘は父親の方に残ったのだが、父親が亡くなったため、母親に会いにきたという。すぐに母親の元へ行けず、母親の知り合いを通して会おうとする娘に、るいは何か事情があるのでは、と感じとる。翌日お吉が連れ添って、飯倉の母親の実家へ行くが・・・・。
 第3話は、「烏頭坂今昔」。大島へ流罪になっていた盗賊3人が島抜けした。畝源三郎は、それを密告した彦三郎に仕返しに気をつけろとの注意をしにいくが・・・・。
 第4話は「浦島お妙薬」。横浜で異人相手に商売をしている子安出身の浦島太郎兵衛が、かわせみにとまった。自分の故郷の子安は浦島太郎の故郷であるといい、玉手箱や浦島太郎の墓まであるという話を聞きく。数日後、将軍御典医の息子の麻生宗太郎が娘の花世が東吾と約束した横浜旅行を心待ちにしているという話を聞き、東吾も当分休日がとれそうだということで、横浜へ先日聞いた浦島寺詣でも兼ねて、子供らや、お吉、長助、宗太郎らともに出かけることになるが・・・・。
 第5話は、「横浜慕情」。横浜を訪れた東吾は、横浜近辺の景色が一望できる浅間山へ上った。たまたま、そこで首くくりをしようとしていた現場に出くわし、花世が飛びついたことにより、命には別状なかったが、顔を見ると、それは何と以前東吾が長崎出張で知り合った英国人船員のジョンであった。話を聞くと、美人局にひっかかり、船員服も剥ぎ取られ途方に暮れていたとのこと。東吾は持前の世話好きから一肌脱ぐことになるが・・・・。
 以下、第6話「鬼女の息子」、第7話「有松屋の娘」、第8話「橋姫つくし」である。(ハハハ、実は書くのが疲れてしまいました!)

先に私は、江戸情緒の円熟味が最高に達したのは幕末ではなかろうが、といったが、この小説を振り返りここまで書いてくると、むしろそのような円熟味のある江戸情緒を「御宿かわせみ」という小説で描いてみせた平岩弓枝さんの力量が、他の時代小説の作者の中で群を抜いて優れているということの証のように思えてきた。ファンとしては、本当にいつまでも書き続けていってほしいものである。

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