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書評(平成12年 10月29日)

『明治の人物誌』(星新一著:新潮文庫)

 星新一の「明治の人物誌」という本であるが、彼が築いたともいってよい、ショートショートではなく、星新一の父親である星一が直接接触した有名人(一部初めて聞く名の人もいたが)の短い伝記といった感じの本だ。

 私
は20年ほど前、彼のショートショートはよく読んだが、彼がこんなシリアスな本を何冊か(他にも、やはり星一について書いた本が何冊かあるようだ)書いているとは、今までついぞ知らなかった。

 星一という人は、福島県いわきの農民の出ですが、東京で学び、その後アメリカへ渡り苦学しながらコロンビア大学を卒業、その後、日本で星製薬という明治の当時では大企業を起こした人物らしい。その後、政争にまきこまれ、反対派の工作などで、事業は妨害され、また見に覚えのない色々な罪状もきせられ、破産させられてしまったらしい。しかしそのような経験を持つので、アメリカ留学時代や、日本での、羽振りの言い時代などに、今では信じられない位の歴史的超有名人などと接触したりしたらしい。野口英世、伊藤博文、新渡戸稲造、エジソン、後藤新平、中村正直。最初の目次で取り上げている人物の名を見て「一体、な、何なんだ、この人は!」と思ってしまう。その他にも、この本で私が初めてしった人物だが、岩下清周、後藤猛太郎(後藤象二郎の嫡男)、花井卓造、杉山茂丸、それから独立して取り上げてはいないが、各人物の中には、他にも色々と有名人がでてくるのだ。

 現在、政界は先日10月27日辞任した中川元官房長官の愛人問題などで、もめているが、幕末明治維新の伝記や歴史小説を読んでいると、ホント、今ではとても信じられないような派茶目茶な事をやっているなー、と感じてしまう。
 私は高杉晋作が、実は幕末の中で一番好きな人物で、もう10種類くらいを伝記や小説を読んでいるだろうか。で、そういった本の中に必ず出てくる話だが、上海へ渡る前日に、確か品川の遊郭・土蔵相模だったとおもうが、渡航費用(今の金なら何年も暮らせるような大金)を、費消してしまう話が出てくる。他にも同様な事をしても、先輩格の桂小五郎などが助けたりして、大した咎めだては受けていないようである。
 
 しかし、これは何も高杉晋作だけの話ではなく、幕末明治維新の偉人は何かしら、このような話が
あるようだ。「明治の人物誌」を見ると、例えばあの野口英世、彼も非常によく似た話があったようだ。
 彼は、アメリカに留学する前に、婿養子の約束をした人や知人から、その費用として500円ほど借りているが、出航前の横浜で、やはり高杉と同じように前祝いとしてどんちゃん騒ぎをして、殆どそのお金を費消してしまっている。私は、野口英世に関しても、小学校時代に子供向けの伝記、学生時代に、神田の古本屋で見つけた奥村鶴吉の「野口英世」、渡辺淳一「遠き落日」など読んでいるが、それらの本ではあまりそんな野口の悪い面はあまり書いてない。よって今までは聖人君子かつ天才といったイメージが強かったが、この本では、彼がお金に対して相当締まりのない人物だったことが随所に出ている。イメージが変わって、妙に人間臭い天才といった風に思えてきた。

 また後藤猛太郎の話でも、人の恩やお金を何とも思わないのだろうか、と思うような、やはり派茶目茶なことをやっている。
 ホント今の政治家は、洋の東西を問わず気の毒である。私は、有力政治家なら、愛人の一人や二人いても不思議ではないと思っているが。まーそんな愛人の不祥事(覚醒剤使用)ぐらいの事を、政治の力でもみ消そうとしたりする政治家も、明治の政治家と比べてみれば小さくなったのも事実だが。

 私は、政治家や皆さんに、彼と同じような事をしろ、というつもりはない。今の世で、そんな事をすれば、私も、とんでもない奴だ、と非難するだろう。今の世でそんな事ができるのは、いいかげんな経理をしている会社のオーナー社長くらいであろう。ただ、この本など読んでいると、昔の偉人は、派茶目茶な事をする代りに、やる時はやる、国家の大業をちゃんとなしているあたりが、やっぱり人間の大きさを感じさせるのだ。

 次に、伊藤博文だが、私は今まで彼のイメージがあまりよくなかったが、これまた、この本を読んでちょっとイメージが変わってしまった。私は、何も、別に韓国人のように、豊富秀吉と並べて彼を2大悪人などと呼ぶつもりはない。ただ他の幕末維新の人物の歴史小説など読んでいると、彼の幕末時代の影の部分が書かれていたりして、暗殺者というイメージがあるからだ。
 大村益次郎を暗殺したといわれる薩摩の海江田の場合のように、推理や噂によるのではなく、明治維新になってから、彼が回顧談で幾つかの殺人認めているからだ。以前、塙保己一の伝記を読んだ事があるが、彼の子供だったか、孫も、いわれのない理由で、というか単なるいい加減な思い込みで暗殺されている。そして彼は、その犯人であることも、認めているのである。

 彼は農民の子であったが吉田松陰と少しつきあいがあった。しかし自分で、私は松陰の弟子などで
はない、と言っているくらいだから、大して影響を受けていないのだろう。だから、私の今までの彼の印象は、学も大してなく、いい加減な人殺しをしながら、攘夷、攘夷と叫んでその正当化を図った人物というイメージなのだ。明治になってから、維新の主だった功労者が皆死んだお陰で、その恩恵を一人占めにした人物といった見方をしていたのだ。

 しかし、今回「明治の人物誌」を読んでみると、なかなかの人物だったような気がしてきた。頭も相当良かったようだ。人物も温厚な人物で、平和主義だったようだ。やはりそれなりの人物であったから、あそこまでの仕事ができたようだ。童門冬二などが「伊藤博文」を書いていたから、今度は、それでも読んでみようかな、と思っている。

 とにかくこの本「明治の人物誌」出てくる人の共通点は、皆、何かしら星一と接点があったということだ。中には、野口英世などのように、相当お世話になった人もいるようだ。そしてそういう視点で書かれた人物誌だけに、今まで一般には知られていなかった事も多く書かれ、異色伝記集といった感じで、大変面白く仕上がっている。ショートショートの旗手である星新一だけに、語り口も勿論平易である。皆さんにも是非一読をおススメします。

 最後に、時が経つというのも早いものである。つい先日星新一が亡くなったというニュースを聞いたかと思ったが、彼が亡くなったのは1997年となっているから、もう3年も経つらしい。

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