このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

書評(平成17年02月10日)

『わが友フロイス』(井上ひさし著:ネスコ/文藝春秋)

 戦国時代に日本へやってきた宣教師ルイス・フロイスが書いた「日本史」は、織田信長など戦国時代に興味のある人は、一度は気になる本だが、東洋文庫の全5巻本のボリュームを見ると、ちょっと退いてしまう人が多いのではなかろうか。私も、実はそのうちの一人である。<(^^;;

 数日前、特に目的もなく図書館へやって来て、ただ何か面白そうな本はないかと棚をみていたところ、この薄い本が目に留まった。実は今まで私はあまり井上ひさし氏の本は読んでいない。でもこれは百ページ程度だったので、彼の小説の、とっかかりにはいいのでは、と思い借りてみた。読み出してみると、3時間ほどで、一気に読むことができた。

 この本を読むと、当時のポルトガル人が、日本をどう見ていたかなどがよくわかる。日本人からすると、というか仏教徒からすると、白人のキリスト教本意の独善的な考えも、いたるところで見受けられる。フロイスが上司へ提言した手紙の端々などにも、正直に吐露されており、興味深かった。

 フロイスは、上司への手紙に、宣教師追放令を発した秀吉が、法令の本格的な実行に出る前に、九州に要塞を築いてポルトガルの軍隊を入れて対抗すべきことを説いています。そしてその際戦争に至るのもやむを得ない事として、その根拠として、「正当な戦争とは」についてポルトガル国王ジョアン3世が学者などを集めて定義した文章を、引用して述べた条があります。それを抜き書きしてみましょう。

 「第一に戦争の原因は正当か。デウスは未開野蛮の地に宣教師をつかわして現地土民を導き、彼らの霊魂を救うようお命じになりました。そこでデウスのこの聖なる意志にそむく土民に対して行われる戦争は全て正しい、ジョアン3世はそうお決めになっています。つまりわれわれは現地土民の魂に大いなる恩恵を与えるためにここ来ているのですから、この国ではもっと優遇されていい。ところが秀吉は優遇どころか迫害を加えようとさえしている。われわれは秀吉に対して戦争をすべきであって、しかもその戦争は正当であり、正義であります。
 正当な戦争であるための第二の条件、戦争をはじめるにあたりローマ教皇からしかるべき認可を受けている。われわれイエズス会はローマ教皇に直属す修道会です。すなわちわれわれのあらゆる行動はつねに教皇の認可を受けているといってさしつかえありません。
 正当な戦争であるため第三条件、その戦争は善き意図をもって行われなければならない。われわれは現地土民の魂にキリストの福音を吹き込み、彼らを救ってやりたいだけです。善意の魂なのです、われわれは。もちろん現地土民の魂の救済事業は遠征費その他で金がかかりますから、かかった分だけ現地から利益を受けるようにしなければなりませんが、それはもうわれわれ聖職者のあずかり知らぬところ、ポルトガルやスペインの国家の問題です。」

 これらをみてだけでいかにイエズス会の宣教師たちが、自分本位な考え方で、欧州以外にキリスト教を布教し、都合の悪い部分は国家の問題だ、などといって無責任なことを言っていたかがわかります。まあそうは言え、16世紀の昔の話です。また彼の「日本史」は当時の欧州人から見て書かれた貴重な資料であることは間違いありません。この本を端緒にして、私も今度はフロイスの「日本史」に挑戦してみようかな、と今は考えています。

 それにしても、井上やすし氏は、どういうお考えでタイトルに「わが友・・・」とつけたのかなあ−。井上氏のこの本を読んでみて、フロイスは饒舌で正直者だとはわかったが、ポルトガル人に彼のような考えの人がいたのなら、(今まで私が考えていた以上に)「26人聖人殉教事件」などは、やはり避けられぬ・仕方のなかった事件だったんだなーと思えてきたのですが・・・・。
まあ井上氏は、そこまで日本人たることに拘るような人ではないのだろう。

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