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書評(平成17年05月17日)

『物書同心居眠り紋蔵 白い息』
(佐藤雅美著:講談社)

 読後、この本の書評は、書くのはどうしようかなー・・・と迷った。以前に佐藤雅美さんのどの本を書評で取り上げたことがあったっけ?と思い調べてみたら何と今度が初めてだった(他の作品の書評で、ちょっとタイトルだけなどを取り上げたことはあるようだが・・・)。というのは、私は佐藤さんの時代小説も、ほとんど読んでいる。この物書同心居眠り紋蔵シリーズも、今回この作品を読めば既刊は全て読んでいることになる。
 で、今回初めて佐藤さんの作品を取り上げることにした。

 居眠り紋蔵シリーズは、NHKでも一度中村雅俊さんを紋蔵役に放映したことがあるから、皆さんもご承知の方が多いことであろう。佐藤さんの作品で他に私のお薦めは、色々とある。半次捕物控シリーズ、八州廻り桑山十兵衛シリーズ、啓順シリーズ、拝郷鏡三郎シリーズ、「大君の通過」「立身出世」「楼岸夢一定」「開国」・・・・・・・・・うーーーんというか、全部の作品が面白い。

 彼の作品に共通するのは(実在の人物を主人公にした歴史小説を除くと)、主人公が、励んでも思う通りに結果が出ない、何故かよくとばっちりを食う、誤解される、・・・・・などと不運な男といった設定となっており、話が途中からいい方向に向いてきたかなあー、と思っても、最後はまた何か問題を抱え、まず必ずと言っていいほどハッピーエンドでは終わらず人生の厳しさを感じさせる作品となっていることだ。

 本題に戻るが、この小説の主人公・居眠り紋蔵とは、江戸南町奉行所に勤める物書同心で例繰方の藤木紋蔵という人物である。例繰方とは、簡単に言うと、奉行所が事件を裁くに際し、以前のお裁きの法例を調べ、判決の参考に供せられるようにする役のことである。その他にも、言上帳への帳付け(訴訟や町民の各種届出の帳付け)などの他、他の奉行所の手伝いにも出ることもあるようだ。紋蔵という名前の上に居眠りと冠せられているのは、紋蔵が、別に怠慢な訳ではないのだが、病気でつぃうとうとと眠ってしまう症状があり、同僚から‘居眠り’紋蔵と蔑まれあだ名されたものだ。

 しかし、このシリーズを読めばわかるが、実際には紋蔵は非常に優秀なのだ。丹念で根気の要る仕事に忠勤したおかげで、法例の精通にかけては彼を凌ぐものがおらず、幕閣の目にもとまるようなことさえあるのであった。最後から二番目の「落ち着かぬ毎日」という話の中で、江戸城の吹上御所で、将軍に裁判を照覧してもらう吹上上聴で、紋蔵は今回も、南町奉行所の面目を大いに施す活躍をする。・・・・

 今回はただし、読み始めてびっくりする。しょっ端からその居眠りと言われていつも蔑まされている紋蔵が、町奉行所の花形・三廻り(定廻り・臨時廻り・隠密廻り)の一番の花形・定廻りになった、とあるのだ。「するとタイトルは物書同心・・・」でなく、改めるべきではなどと思って読み進めていくと、実は、物書同心に所属のまま定廻りだという。同じような定廻りが、他にも何人かいるという。現代で言うと出向のような意味合いなのだろうか・・・・よくわからないが、何はともあれ、紋蔵は念願の定廻りに昇進したのだ。何せ紋蔵は、録高が役料もあわせてやっと三十三俵二人扶持という小録ながら、家族は、子供がもらい子を含めて5人、それに妻、そして彼と7人もの大所帯なのだ。いつも貧乏してきただけに、これで一息つけるだろう、と小説ながらホッとした。

 微笑ましいのは、紋蔵が念願の定廻りとなったというのに、定廻り独特の格好、着流しの上に竜紋裏三つ紋付きの黒羽織を巻羽織風に着込み、そして髪の髷は八丁堀風というのに、はじめのうち照れたり、自身番屋の前で「おっす」と声をかけるのになかなか慣れない。紋蔵の性格・キャラクターを実に上手く楽しく描写する佐藤さんの力量が感じられた。
 
 念願の定廻りになったとはいえ、しかしながら佐藤雅美さんのことだから、どこかで紋蔵に縮尻(しくじり)をさせ、そう上手く問屋は卸さない、という風に話を持って行くのだろうな、想像していたら、何とどんどんお手柄を立て活躍していく。どちらかというと(というか、かなり)優秀な定廻りとしての才能を発揮するのであった。
 紋蔵本人も、元の例繰方に戻りたくないと、常々思うのだが、元の部署などから手助けなど頼まれ、ついついそちらでも力を発揮しそうになる。昔の部署への協力で手柄を上げ、また元へ戻されては大変と、紋蔵は、それで加減しながら、凡庸を装うとするのだが・・・・・・

 定廻りとしての紋蔵、一部の愛読者の夢でもあった事が叶えられたシリーズでもある今回の作品は、紋蔵ファンなら必読、紋蔵ファンや佐藤ファンでなくとも、お薦めの一品です。
講談社 2005年2月15日初版発行 ¥1700-(税別) 

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