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『静かな木』(藤沢周平著:新潮社) |
私は、藤沢氏の作品の詳しい製作順序など知らないが、この本の帯紙をみると、遺作短編集となっており、巻末最後作品「偉丈夫」が著者最後の短編と説明されている。 納められている作品は、「岡安家の犬」、「静かな木」、「偉丈夫」の三作である。 最初の「岡安家の犬」だが、藤沢作品で毎度お馴染みの海坂藩が舞台(後の二作も海坂藩が舞台となっていたり関わっている作品)。 海坂藩の近習組に務める甚之丞の岡安家は、父は他界しておらず、祖父と母、それに妹二人の五人家族。家族揃って犬好きであり、家でもアカという名の赤毛の犬を飼っている。ただし隠居の身の祖父・十左衛門だけは、犬好きと言っても意味が少し違い、犬の喧嘩をみるのが好きという変わり者。 ある日、甚之丞は親友の野地金之助から犬鍋を誘われ喜んで出かけた。犬鍋とは野犬などを捕えて鍋にして食べるもの。野地のほか、鍋をする場所を提供した関口兵蔵他、何人かの親友と一緒に鍋を囲んだ。甚之丞が野地に味を聞かれて「うまい」と感想を述べると、何とその犬の肉が岡安家のアカだと教えられる。甚之丞は怒り、野地に絶交を言い渡し、(野地と)妹との婚約も解消すると言うが・・・・・ この話を読んだ時、作品の良し悪しより、いささか変な感想だが、日本人も昔、犬を食っていたのか、と驚きの感じを受けた。中国人がよく犬を食べ、今でも一部の地方で犬を食う習慣が残っていると聞いて時などは、なるほどとてつもない雑食の国だからなーと思ったものだが、日本人まで昔食べていたとは知らなかった。これはそれとも東北だけのことなのだろうか?動物愛護協会の人が読もうものなら、顔をしかめそうな話でもある、と思った。 好きな藤沢周平の作品ではあるが、作品の締め方も、実はいささか納得できない部分もある。私なら、野地の悪意は、許しがたいと思えるのだが、この作品の中では、野地はなかなかいい青年であるような事が書かれ、怒っていた甚之丞も野地の許しを乞う行為に感じ、幕引きはシャンシャンシャンである。悪意に満ちたイタズラも、小説などを読む際は、時代背景を考えなければいけないというのであろうかとチトばかり疑問を感じた。 二番目の「静かな木」は、表題作でもあるが、なかなか味わい深い作品であった。海坂藩の元勘定方に勤務していた布施孫左衛門は今では隠居し、惣領息子の権十郎に家督を譲っている。ある日間瀬家に婿入りした次男の那之助が、人前で鳥飼という者に侮りを受けた。武士としての面目もあり、何日かの後に果し合いということに決まった。他家へ嫁いだ娘の久仁から孫左衛門にその知らせが入り、彼は那之助から事件の経緯を尋ねる。 相手は、孫左衛門がかつて勘定方に勤務していた頃大変世話になった上司の孫であった。20年前その上司の息子が勘定奉行の際、起こした収賄事件も、その亡き上司の恩を感じて、帳面の誤記として繕い、孫左衛門他も減石の犠牲を受けて、助けてやったのであった。しかし、その息子は恩を感じていないらしく、その後自分が出世したにも関わらず、布施家など犠牲を払って助けた家の、処遇を改善するような動きが全く無い。 そこへもってきて、その息子の息子、つまり孫から受けた屈辱のため果し合いの申し合わせとなったが、腕は相手の方が上、またたとえこちらが勝ったとしても、お偉方の息子を相手の果し合いであり、結果はどちらにしても那之助の間瀬家を危うくするものだった。孫左衛門は、那之助に軽挙盲動せぬよう、しばらく待てと言って、危難な局面の打開に乗り出すのであるが・・・・ 最後の作品は「偉丈夫」。主人公は海坂藩の支藩・海上藩の祐筆を務める片桐権兵衛。ただし彼は、体が偉丈夫の割には蚤の心臓という片桐権兵衛。まるで誰かのことを言われているようで、共感が持てる人物。彼はある日、本藩と百年前から揉めている漆木が沢山植わった山の境界争いの海上藩側の掛け合い役に抜擢される。前任者が急病のため、急遽代役が探され、権兵衛のその体躯から受ける押し出しの強さのため選ばれたのである。 しかし本人以外のほとんどの者は知らぬが、体格とは正反対に気がとてつもなく小さい。それに対して本藩の掛け合い役は、この仕事に熟練名上、能弁。果たして結果は如何に・・・・。ユーモアな結末に、権兵衛とよく似た性格の某もなるほど、こういう事も時たまあるかなと思う作品でありました。 |
新潮社 平成10年1月15日初版発行 ¥1300-(税別) |
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