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『天保の雪』 (市原麻里子著:新人物往来社) |
七尾市本府中図書館から借りてきて読んだ本で、短編集である。 表題の「天保の雪」は巻頭に登場する作品だが、江戸後期・水野忠邦が筆頭老中の頃、同じく一時老中にあった古河藩主・土井利位とその家老鷹見忠常主従の人間像を描いた作品。土井利位は日本最初の雪の結晶図鑑『雪華図説』を著したそうで、その利位の雪の結晶を観察し描くという長年の取り組む研究姿勢に、私は誠実な人間味あふれた藩主の姿を感じた。 二番目の「月のない宙」は、はっきり言って出来損ないの作品である。最初のうち、天文学に興味を持つ黒崎光弘という少年中心に書かれ、この子が主人公かと思っていたら、途中からヨハネス・ケプラーの話に変わり、その後は全く黒崎光弘が出てこない。いったいこの黒崎光弘は何のために冒頭に紙面を費やしたのだろうと疑問符が浮かんだ。作者は私より一歳上だが、まだ作家としては未熟なのだろう。 3番目の四不像は、まあまあの作品。65歳になった榎本武揚が自分が昔、上野動物園に誘致した四不像という珍獣を久しぶりに見て、その経緯を振り返りつつ、その四不像の現在の扱われように、中国や日本、ひいては世界の将来の予兆のようなものを見るという作品。 4番目の「ハンザキ小町」は、動物学の碩学・石川千代松博士が、大山椒魚の生態を調査しに、美作の湯原に行き、偶然見つけたハンザキ神社で出会った老女から聞いた幻想的な話などを書いた作品。ハンザキとは大山椒魚の別名。なかなか面白い作品である。 5番目の作品は「夢の翼」である。ある少年が昭和10年の夏休み、大阪の八幡で玉虫を獲っていた時、飛行機研究家で有名な晩年の二宮忠八と出会い、忠八の模型飛行機を見せてもらったり、飛行機を作ろうと夢見て頑張ったりした頃の昔話を聞くという話である。 忠八は、カラス型飛行機や、玉虫型飛行機を設計し、資金不足から自分が所属する陸軍に話を持ち込むが断られる。それで忠八は、軍を辞め薬剤会社などに勤めて自力で資金稼ぎをして飛行機を作ろうとするが、ライト兄弟に先を越され、夢を絶つ。そして今では飛行機を最初に作ったのが自分ではなかったことを喜ぶ境地に至り、飛行機事故で無くなった人々の御霊を祀る飛行神社を自分の家の庭地に建てたのだった。 少年はその後も何度か忠八を訪ね、色々と話を聞くが、最初の出会いから数年後、亡くなってしまう。少年は、その後戦闘機のパイロットになり特攻の訓練などするが、特攻前に、終戦となり命を救われる。そして飛行機に乗るたび忠八を思い出す。 私としては表題作もよかったが、この「夢の翼」が一番気に入った。その次が「ハンザキ小町」か「天保の雪」かな。 |
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