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書評(平成17年08月20日)

『けだもの』(池宮彰一郎著:文藝春秋)

 久しぶりに池宮氏の本を読んだ。短編集である。収録の作品は「受城異聞記」、「絶塵の将」、「おれも、おまえも」、「割を食う」、「けだもの」の5作である。読みたいというより、ただ何となく図書館でふと見つけて手にして借りてきた本であった。

 巻頭の「受城異聞記」だが、私が住む石川県にあった加賀大聖寺藩(加賀藩前田家の支藩)の事件を取り扱った作品である。宝暦8年(1758)12月、美濃郡上八幡3万8000石、金森兵部小輔頼錦が改易となった。またその原因となった事件に関わった隣りの天領高山の高山陣屋も罰するために公収と決まった。

 時の老中首座・堀田正亮から加賀藩及び大聖寺藩は、ある経緯で嫌われていた。そこで、大聖寺藩は親藩を通して幕府から、領地が該当の地と隣り合うという名目で、郡上八幡の城及び高山陣屋の受取を明年1月1日に行うよう命じられる。隣りといっても3000mに近い白山を挟んでの隣接である。それも旧暦の元旦であるから厳寒の季節である。

 作品の後半には、その宰領を命じられた郡奉行・生駒弥八郎一行25人の、壮絶なまでの受城のための山越えの旅行程が描かれ、私は読みながら新田次郎の「八甲田山死の彷徨」を想起してしまった。石川関連で贔屓する訳ではないが、短編ながら、本当に読みごたえのある秀品である。

 「絶塵の将」は、賤ヶ嶽の七本槍で有名な福島正則を描いた作品である。武勲は抜群で、一本気で純粋な性格。戦乱の世から、官僚群が力を持つ太平の世に移る中で、一応命を全うして生涯を終えた一人の武将を描いた好品である。

 「おれも、おまえも」は、京都の商人・茶屋四郎次郎の話。徳川家康と似たもの同士で共感し合い、その後の家康との運命的とも思える数々の共通体験を通してさらに関係を深め、ついには京随一の豪商となる経緯が描かれている。

 「割を食う」は、備前岡山の渡辺数馬の実弟源太夫を斬り殺した河合又五郎を巡っておこる数々の騒動が描かれている。彼の事件に関わった人々が、命を賭けるほどにまで労したのに、皆割を食って損をさせられたという話である。これほど人騒がせな人はいないと言えるかもしれないが、本人以上に周囲が意地を張ったりして事件が拡大するという人間の或厄介な一面を描き、これまた秀品である。

 最後の「けだもの」は、江戸の北町奉行所の三刀谷幸吉という廻り方の同心が出てくる上、惨殺事件などに関わる話なので、読み出しは一見捕物帖かな?という気がするのだが、単純な捕物帖で収まらない凄まじいエンドの話である。

 旗本の家に強盗が押し入った事件で、幸吉が、牢に捕まっている被告が冤罪で、真犯人がいることを上申したにも関わらず、被告が処刑される。老中などは、真犯人を捕まえると、寺社や旗本の悪行と、それを取り締まれずにいたことが公になると幕府の威信が揺らぎ世情が乱れると懼れたのである。

 幸吉は、無罪放免となった真犯人に裁きをつける為に、廻り方同心を返上して、浪人となり真犯人を尾行まわすが・・・・。5本の作品の中では一番頁数が多く、半分近い百頁弱の作品となっている。それだけにこれまた読みこたえのある事件帖となっていてお薦めの一品である。

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