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書評(平成17年09月27日)

孤宿の人(上・下)』
(宮部みゆき著:新人物往来社)

  この作品は、宮部さん自身“悲しい話”(大極宮のHP)と評しているように、とても哀切で、涙なくしては読めない時代小説となっています。今までにも色々時代小説を書いてきた宮部さんですが、この作品は新境地を開く作品と言えるでしょう。
 またいつものように粗筋を書きながら感想も随時添えていきたいと思います。

 主人公にあたるのは、頑是無い無垢で純真な心を持つ少女ほうと、そのほうを妹のように思いやる宇佐(物語の最初の頃は町役所の引手・江戸でいうところの岡引の手下を勤める)という若い女性の二人(と言えるだろう)。ほうの生い立ちも、聞いただけで哀れを催してしまいます(詳しくは小説を読んでね)。

 ほうは九歳になってすぐ、奉公していた萬屋の旦那・若旦那の病気平癒のため、金毘羅様への代参の旅に出されます。しかし讃岐の丸海の宿で船酔いで弱っているところを、連れの女中に路銀を持ち逃げされ、置き去りにされます。

 ほうは、中円寺という寺を経て、匙という藩医の七家の一つである井上家に奉公人として引き取られます。その家族(当主・舷洲先生、その後継者・啓一郎先生、そして啓一郎の妹・琴江様)から暖かく受け入れられる。この井上家で、ほうは、琴江さまは読み書き、算術、躾にいたるまで習い、この家で初めて人の子らしい生活を暮らせるようになります。

 その頃、丸海藩は、幕府から罪人の加賀殿を預かることとなりました。加賀殿は、元幕府勘定奉行で実力者、妻子3人及び部下2人を殺し、罪を得ていた。悪霊などの祟りを非常におそれる将軍家斉の意向で、切腹とはならず、丸海藩に永預けとし幽閉することになったのでした。

 丸海藩が用意した永預用の屋敷は、涸瀧の屋敷と呼ばれいわく付きであった。城代家老・浅木家の所有物で15年前に浅木家内で流行した奇病に罹った病人を療養所として造られたものでした。その際、下男など何人かが亡くなっていました。

 ある雨の日、ほうの面倒をよくみてくれた琴江という女性が、梶原美弥という女性が訪れた後、無残に毒殺されていた。ほうは美弥の訪問を目撃していたので、彼女が犯人だと確信したが、その後皆からあれは病死だ、お前の見たのは幻だ、と言い含められる。加賀様のお預かりにどんな粗相があっても藩にとっては改易などの存亡の危機に陥るからだった。梶原家は、御牢番となる予定の物頭の家。いわばそれを逆手にとっての犯罪でした。

 加賀様を預かる場所についての人々が恐れる悪い風聞が影響したのか、丸海に到着する前から、またその幽閉後も、加賀様の所業をなぞるかのように怪異や変死などの事件が頻発。そのため加賀様は、それらの現象・事件の原因とされてしまい、丸海の人々から一層、人外の者・鬼・悪霊と恐れられるようになります。そんな中、涸滝屋敷の下女が頓死し、その後釜として、舷洲先生の推薦でほうがその屋敷に入ります。

 ほうの仕事は、当初は涸滝屋敷で働く者達の下働きのみででしたが、刺客らしき潜入者が入った事件を契機に、ほうは加賀様の御前に毎日伺うこととなる。幽閉当初は食事さえなかなか摂ろうとしなかった加賀様も、ほうと面談を重ねる毎に次第に心を開き、実を見せはじめる。
 加賀様の人間性と純粋無垢なほうの魂との触れ合いは、暖かいものが感じられ読んでいてとても心地よいものでした。

 町の守護神・日高山神社が落雷で焼け落ちたりして人々の不安感が最高潮に達すると、丸海中の人々は狂ったように喧嘩しあい、死傷者を多数出した上に、大火まで起こし、町は恐慌状態に陥ります。このような加賀様幽閉を巡って起こる事件・恐慌の背景には、丸海藩の改易を願う幕府の者達や、加賀様の悪霊を恐れる人々のみならず、お家乗っ取りを狙う城代家老浅木家が裏で糸を引く内紛も絡みます。つまり様々な陰謀渦巻き、お家騒動の様相も呈するストーリーとなっています。

 クライマックスは、匙家の井上家当主・舷洲が中心となって企てた陰謀への反撃、加賀様や宇佐などの悲しい死などもありますが、加賀様を真実悪霊と恐れる人々の心理を利用して、幕府も納得の形で解決へと導くわけです。詳しい話は、小説を読んで確かめてね。

 この作品を読みながら私は、小説の舞台となっている讃岐丸海藩は、金毘羅さんへの道中にある藩という設定だから、おそらく丸亀藩がモデルだろうな、また江戸から罪人としてこの藩に送られ永預されることになった加賀様のモデルは、(この小説の時代設定である徳川家斉の時代よりかなり後の人ではありますが)鳥居耀蔵こと、鳥居甲斐守忠耀のことだろうと想像していたら、「あとがき」で、宮部さんが、私が想像した通りのことを書いていたので、“あっ、やっぱり”と思いました。

 鳥居耀蔵については、平岩弓枝著の『妖怪』他で、読んで丸亀藩に永預されたことを知っていたからであります。なぜ銘記していたかというと丸亀市と私が住む七尾市が姉妹都市でもあったから、また私自身丸亀市も訪れて色々史跡をみたこともあり知っていたからです。だから、もしかたしたらこの丸海藩の藩主が畠山公というのも、宮部さんが丸亀市を訪れた際、姉妹都市が七尾市(能登畠山家の居城の町)であることを聞いて参考にした可能性もあるのではと思いました。

 また加賀様の狂乱事件後、江戸の人が、加賀様を懐かしむ条を読み、加賀様は、もしかしたら田沼意次をもモデルにしていたのではないかとも思いました。

 今回の小説の手法についてですが、ある実際の時代を舞台にしながらも、架空の藩を舞台とするこの書き方は、私に藤沢周平がよく舞台にした海坂藩を想起させてくれました。作品自体、私には今映画化され話題となっている藤沢周平の名作「蝉しぐれ」を彷彿とさせてくれました(大げさかな?)。

 現代ミステリーでは、架空の町を設定するくらいは、よくあるパターンで、宮部さんも時々用いています。また『蒲生邸事件』などでは、2.26事件を主な舞台としつつも蒲生将軍という架空の人物を登場させ、時空を超えたミステリーを展開しています。でも今回のパターンは、宮部さんの時代小説の中でも新しいパターンではないでしょうか。

 次々と新境地を開く宮部さん、次の作品も非常に楽しみです。でも皆さんには、まずこの本を読んでいただきたいなあ、と思う源さんでした。

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