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書評(平成17年11月21日)

第55回書評
『やれば、できる。』
(小柴昌俊著・新潮社)

  2002年ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊さんの本である。前に書評で別の本『心に夢のタマゴを持とう』という本を紹介したこともある。私は、この同じ年にノーベル賞を受賞した田中耕一さんの本も色々読んでいる。というか湯川英樹さん、朝永振一郎さんなどノーベル賞をとった科学者の書いた本、それらの人について書かれた本が好きなのだ。

 前に読んだ『心に・・・』は、子供に夢を持たせるために、小中学生でも読めるように書かれていたが(といっても理論部分はやっぱり、子供には無理だろうと思われたが)、今回は一般向けとは言え、大人向けに書かれていたので、逆に小柴さんの業績が前の時より、よくわかった感じがした。

 (前の本にも書かれていたのだろうが)カミオカンデが、最初は超新星ニュートリノを捕えるのを主目的(ニュートリノ天文学)のために造られたのではなく、陽子崩壊を調べるのを主目的で造られ、それをニュートリノの観測も可能と改造し、数十年に一回しか見られない超新星爆発の際、放出されるニュートリノを世界で初めて検出確認したのだ。小柴さんは、勿論、ニュートリノ天文学を築いたことで、ノーベル賞をもらったのである。このことを読み、発見などの科学的貢献にはこのようなことがよくあるのかな、と思った。 

 小柴さんは、そういうことが往々にしてあるからこそ、すぐには実現・達成できない夢=卵でも、それを諦めず、それらの卵を多く持っていて、そのことをいつも本気で考えていれば、きっといつか何とかなると主張するわけです。
 理系ばなれといわれる現代においては、高校生くらいが読むのにも大変いい本です。



第56回書評
『陰陽師 鉄輪(かなわ)』
(夢枕獏=文・村上豊=絵
)

 これは夢枕獏氏の陰陽師シリーズの作品である。私の書評のコーナーや、この読書日記では、まだ採り上げたことが無いが、実はこのシリーズの作品もほとんど読んでいる。陰陽師ファンの一人のつもりである。

 中能登町の鹿島図書館で見つけて、まだ読んだことが無いような気がして借りてきた。あと同じシリーズの『陰陽師 瀧夜叉姫(上・下)』も借りてきた。
 この『鉄輪』の話はしかしながら、読んでみると、以前読んだ『生成り姫』の中の「丑の刻参り」「鉄輪」「生成り姫」の3話の内容や登場人物などを少し変えて書き換え、その上で村上さんの絵を沢山副えて、つくり直したもののようだった。

 ただし他にも、ほぼ同じ内容の舞踊劇の台本として書かれた「鉄輪恋鬼孔雀舞(かなわぬこいはるのパヴァーヌ)」という作品も併せて収録されていた。

 「鉄輪」の話の内容。藤原為良に捨てられた女(徳子姫)が、毎夜丑の刻に、貴船神社に参り、藁の人形で為良を呪っていた。それを見た神社の者が、その行為を辞めさそうと、その女が出向いてくるのを待ちうけ、今晩不思議な夢を見て、汝らしきものがきたら、今夜を最後に汝が願い聞き届けたり、「身には赤き衣を截ち着、顔には丹を塗り、髪には鉄輪(かなわ)を戴(いただ)き、三つの脚に火を灯(とも)し、怒る心を持つならば、すなわち鬼神となるべし」と伝えた。

 しかしそれを聞いた女は喜んだ。そしてその後、言われた格好で為良の邸に現れる。源博雅から、事前にその話を聞いて事件に対処するために安倍清明は、準備をして女を待つが・・・・・

 ただし「鉄輪恋鬼孔雀舞(かなわぬこいはるのパヴァーヌ)」では、鬼に生成りになる女は、徳子姫で変わりはないが、女を裏切る相手が、藤原兼家と変更されている。

 絵本なので、2時間もあれば十分読める本である。皆さんも、村上さんの何とも言えぬユーモラスでいて、なおかつ話に併せ、どこかもの悲しい絵がまたとてもいい雰囲気を本の中に醸し出しています。皆さんも読んでみてはいかが。

 最後に、私はNHKの「陰陽師」も、映画の「陰陽師」も全て観ているが、映画の清明・野村万斎も悪くは無いが、原作に近い雰囲気を醸し出していたようなのは、NHKの「陰陽師」の安倍清明こと、稲垣吾郎の方だった気がする。あのあまり力まぬ「呪」の説明の仕方など、私が本で読んだイメージとぴったりだった。またNHKで続編が作られる事を期待したい。




第57回書評
『瀧夜叉姫(上・下)』
(夢枕獏著・文藝春秋)

 今まで夢枕獏さんの陰陽師シリーズはあまり採り上げてこなかったが、実は今回この作品『陰陽師 瀧夜叉姫(上・下)』を読んだことで、現時点でのこのシリーズの作品は全て読んだことになると思う。

 今回の作品は、夢枕さんんも書いているが、このシリーズ2度目の長編だ。今まででは「生成り姫」の本が一番長い作品だったが、今度はそれより長い作品で、一番の長編になるらしい。
 またいつものように粗筋を少し紹介したい。

 夜ともなると百鬼夜行がまだ徘徊していた平安時代、承平・天慶の乱がおさまってから、もうすぐで20年近くになろうとするある年のこと、都で色々な怪異が立て続けに起こった。

 小野好古が、深夜、邸を賊に押し入られ、雲居寺から預ったものはないか、あったら出せ、と迫られるが、無いとわかると去る、という事件。京都中で、懐妊した女性が殺され、腹が裂かれた上に孕んだ子も掻き出されてるという事件。平貞盛が、顔の古傷に、瘡(かさ)が出来、顔中に広がって、悩まされているという怪異。藤原秀郷こと俵藤太が、深夜、彼の名刀を奪いに来た賊に邸を襲われ、逆に撃退して難を逃れたという事件。源経基が、就寝中、夢の中に女が現れて、足、手、顔などに釘を打ちつけて行き、実際には傷は無いが、そのために痛みを覚えるようになり、苦悶しているとの怪異。藤原師輔が、夜牛車で女のもとへ通う途中、頭が5つある大きな蛇に襲われて、咥えられて、あやうく殺されそうになったという事件・・・。

 安倍清明は、兄弟子の賀茂忠行からの話で、まず平貞盛の瘡を直すために出向くが、瘡に取りついているものというか、相手が容易ならざるものと知る。そして友である源博雅などからも、先にあげた色々な怪異を聞かされ知るうちに、ある共通点に気付く。

 つまり懐妊した女性が次々と殺された事件意外は、怪異に襲われた者たちは、(雲居寺の浄蔵和尚も含め)皆、承平・天慶の乱、つまり平将門と藤原純友が起こした擾乱の鎮圧などに関わった生き残りの当事者であった。

 怨みある誰かに取りついた単なる悪霊などではなく、そこに、京全体を恐怖に陥れるような企みを感知し、清明は、さらに真相・詳細を知り、行動に移るが・・・・

 主人公の清明以外は勿論、このシリーズでおなじみのメンバー、源博雅、蘆屋道満、賀茂忠行が今回も大いに活躍するほか、俵藤太、浄蔵、平貞盛の息子・維時なども大活躍する。

 長編だけに、かなりストーリーが緻密に計算されたから、書かれているようで、承平・天慶の乱前後の事件、清明の子供の頃遭遇した百鬼夜行の事件、そしてここ最近起きた事件など、それぞれの事件などが、うまく一つの方向に収れんし、最後に、ある人物の本当の姿が、明かされ、今回の騒動の画策した中心人物が、わかるようになっている。

 私は、平将門に関しては、歴史的人物としては、悪人としてではなく、かなり同情的な観方をしています。それで彼はよくこういう伝奇小説の悪役などで登場しますが、その度私は苦々しく思ったものです。今回の作品も、人外の化物であるかのように、伝奇的に描かれてはいますが、夢枕さんも多少同情的に見ているのと、何はともあれ作品自体が面白いので、読んでいてそんなに嫌な気分はしなかった。

 逆に正直言って、長編だけに、同シリーズの作品の中では一番、面白かったのではなかろうか。ミステリー小説を読んでいるようなワクワクドキドキした緊張感を覚えながら、最後まで読むことが出来ました。

 皆さんにも、勿論お薦めしたい作品であります。

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