このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

書評(平成17年12月07日)

第60回書評
『キュリー夫人の生涯』
(崎川範行著・東京書籍)

 今までにもキュリー夫人に関しては4冊よんでいる。
 まず小学校の頃、子供向けに書かれた伝記(今となっては誰が書いた本であるかは不明)を読んで感銘し、24歳の時、新潮社から出ている『マリー・キュリー』(フランソワーズ・ジルー著・山口昌子訳)を読んだ。

 なぜ読んだ歳(年)を覚えているかというと、本の裏に読了日を記してあるから、またマリー・キュリーが24歳でやっと大学に入ることができ、それから色々業績を残したと知り、自分にもまだ遅くないと励みにしたのを覚えていたからだ。

 他にも、娘のエーヴ・キュリーが書いた『キュリー夫人伝』(川口篤・河盛好蔵・杉捷夫・本田喜代治訳・白水社)を26歳の時、岩波新書の『キュリー家の人々』(ウージェニー・コットン著・杉捷夫訳)を28歳の時に読んでいる。

 彼女はロシアの支配下にあったポーランドで生まれ、貧しい家庭にあった彼女は、学問をして身を立てることを考え、まず姉を自分が働いたお金で援助し、その姉が自立した後、今度は自分が援助を受けて進学することを選ぶ。
よって大学進学は、パリ大学理学部へ24歳とかなり遅れた年に入ることになる。言葉の障壁はあったとはいえ、主席で学部を卒業し、後に夫となるピエール・キュリーの助手などをしている時に、魅入られてしまい、度重なる求婚を受けた後に結婚する。

 その後、非常な努力のあげくポロニウム及びラジウムの発見(ただしラジウム塩の状態で)、それらの功績で第3回のノーベル賞を夫妻で受賞する。夫の没後には、ラジウムの単独分離に成功し、今度はノーベル化学賞を受賞した。

 第一次世界大戦当時は、ほとんど戦争の影響で研究は出来なかったが、エックス線による診断写真、いまで言うレントゲン機の簡単なものを作り、あちこちかけまわって、活躍したりもする。
 まあこういったところがよく知られた彼女について書かれるところではなかろうか。

 ランジュバンとの恋愛騒動については、この本でも少し触れている。ただしこの本では、お互い意思が通じ合ったところがあったことは認めているにしろ、はたして恋愛関係であったかどうかは、書かれていないし、そんな目で二人の関係を見るつもりはないようだ。私もそれが正しいように思う。

 170頁ほどの薄い本だが、小説と違い会話が少なく、字が1頁あたり結構びっしりあって読み応えのある本である。訳者は、東京工業大学の名誉教授だった人だ。なかなかいい本である。



第61回書評
『実説 遠山の金さん 
名奉行遠山左衛門尉景元の生涯』
(大川内洋士著・近代文芸社)

  遠山の金さんこと、遠山左衛門尉景元(かげもと)については、昔から非常に興味がある。持っている本だけでも、『小説 遠山金四郎』(童門冬ニ著・PHP文庫)、『遠山金四郎の時代』(藤田覚著・校倉書房)、『遠山の金さん』(山手樹一郎著・春陽社)など。その他彼が登場する小説も色々持っている。例えば『夢暦 長崎奉行(秋冬篇・春夏篇の両方とも)』(市川森一著・光文社)など。(勿論全て読了済)

  著者の大川内さんは、どういう人かはほとんど知らないが、どうも学者ではないようだ。それでも私と同じように、彼、実在の遠山金四郎に興味を覚えたようで、参考図書だけでも約140冊ほど挙がっていた。かなり研究したようである。

(注意:遠山の金さんファンなら常識だが、いわゆる時代劇に出てくる遠山の金さん(=景元)の父親である景普(かげみち)も、歴史上では、長崎奉行を務めたことや日露交渉などの業績でかなり有名だが、彼も左衛門尉も名乗ったし、金四郎も名乗ったことがあるので、勘違いしないように)

 私も、町奉行所や捕物の実際に関しては、結構知っていたつもりだが、この本には敵わない。この本で色々新たに教わることも非常に多かった。童門冬ニ氏なんかの小説では、イマイチ足りないように感じた遠山金四郎景元と、水野忠邦や鳥居耀蔵との確執というかやり取りも、この本でよくわかった気がした。なかなか面白い本である。

 今後本屋で見つけたら、できれば買って手元に置きたいと思っている一冊でもある。遠山の金さんこと、遠山金四郎景元について興味のある人には、是非お薦めの一冊です。



第62回書評
『荒蝦夷』
(熊谷達也著・平凡社)

 8世紀の陸奥で大和朝廷に敢然と蜂起した荒蝦夷・呰麻呂(アザマロ)を中心とした蝦夷たちの物語である。呰麻呂とは阿弖流為(アテルイ)の父にあたるようだ。(阿弖流為(アテルイ)に関しては、能登の人々も、中島の演劇堂で以前、舞台劇の公演があったから観た人などもいるのではないだろうか。)

 阿弖流為については、私は今までにも澤田ふじ子著の『陸奥甲冑記』や、高橋克彦の『火怨−北の燿星アテルイ』など読んで知っていたが、その父親の呰麻呂という名はあまり覚えていなかった。それだけに興味がわいて読んでみることにした。

 呰麻呂の蜂起の話と帯紙に書かれているので、反乱の経緯を書いた作品かと思ったが、読んでみると、呰麻呂が反乱するのは、この作品の一番最後であった。作品の中では、反乱の帰趨さえ書かれていない。というより、蜂起して、国府多賀城を襲った後、意外な結末が待ち受けており・・・・・・はっきり言ってしまうと呰麻呂は死ぬことになる。

 阿弖流為についての事は、以前読んだ小説の内容をかなり忘れたのもあるが、果たしてこのようなこと(阿弖流為に先立つ父親の蜂起について)書かれていたかどうかは、私ははっきり言って覚えていない。

 先に読んだ2冊は、結構話の内容が重なる部分があったと記憶するが、この本とそれらとは時代があまり重なっていないのだろか。もう一度読み直してみないとわからない。覚えがない。それで近々阿弖流為の本を読んでみて、比べてみようかとも考えている。少なくとも磐井の母礼(もれ)、前掲2冊では、男だったと思う(この本では女となっているが)。

 まあ記録が少ない時代を描いた小説だから、現代において不明となってしまった部分は、小説ではいろいろな想像を交えロマンあふれるスペクタルにしてくれたほうが読む方としては楽しいから、あまりこだわらないことにしよう。 
 
 ところで作家の熊谷達也氏は、『邂逅の森』という作品で、昨年2004年に第131回直木賞と第17回山本周五郎賞をダブル受賞した作家とのこと。私は、本好きだが、そういうことには意外と興味がなく、何かそういえばテレビでそういうこと報道していたかな、という程度でしか記憶・印象はない。つまり彼の作品は今回が初めてだ。

 私より歳が4つほど上の作家らしい。若いがなかなかいい作家ではないだろうか。これからも機会があったら読んでみたい。

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください