このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

書評(平成18年01月19日)

『兵は詭道なり-「孫子の兵法」を大成した男・孫ぴん伝』
(大久保智弘著・祥伝社)

  主人公の孫ぴん(月篇+賓)(BC380?〜BC320?)は、後に水滸伝で有名になる梁山伯のあたり、阿と甄(けん)と書いた本も多い)の町の間の地(この小説の中では孫屯という名の村)に生まれた。もともとの名は別(この小説では孫賓となっているが)にあったが、後に名を変えたのである。

 彼は、春秋時代末期に呉王闔廬(こうりょ)の軍師となって強国楚を打ち破り、『孫子』十三篇をのこした伝説の兵法家・孫武の末裔であった。戦国時代に生まれ、各地に遊学。遊学時代にほう涓(「ほう」は广の中に龍という字)という人物と知り合うが、後に彼が魏の将軍となると、孫ぴんは彼により魏に招かれるが、その才能を恐れるほう涓に裏切られ、罠に陥れられ、ひん(月篇+賓)刑(足の膝蓋骨のところで、足を切断する刑)に処され両足を失ってしまう。以後、自戒のために名を孫ぴんに改めたのであった。

 その後、斉の威王に仕え、ほう涓率いる魏の覇業を阻み、馬陵の戦いで復讐も果たす。孫武とともに「孫子」と称させる天才軍師である。

 私は、以前海音寺潮五郎さんの『孫子』を読んで、孫子の魅力に惹き込まれてしまった。そちらの孫子は、前半が孫武の話と後半が孫ぴんの話であったが、クライマックスは、孫ぴんの馬陵の戦いであった。竈の計など謀を用い、ほう涓の性格など相手の事を計算しつくした上で、馬陵にほう涓の軍が現れる頃を見計らい、「ほう涓死于此樹之下(ほう涓は、この木の下で死ぬ)」という文字を書き付けた木の前で計算どおり、実際に射殺し復讐を果たすという話が、兵法家として究極の兵法による勝利であることに間違いないし、あまりにも劇的なので、カッコイイと思い、それ以来最高の戦略家だと信じている。

 今回、別にこの大久保智弘という作家の作品で読みたいと思ったわけではなく、とにかくあの興奮をもう一度味わいたいと思ったので、図書館で孫ぴんを主人公にした小説を見つけ借りてきた訳である。

 この作品では、孫ぴんは、というか孫一族は、斉の国を簒奪した田一族ともともとは根が同じで、田斉の王族を表とすると、それを裏から支える影の一族という設定になっているが、こういった事柄は他の本で読んだことがない。しかしそれが事実であったかもしれない。先祖の孫武が書いた兵法書が消失したために、孫ぴんがその修復を行ったというのも、真実かもしれない。しかし想像で小説に採り入れた可能性が高いだろう。この本の帯紙には、宣伝文句として「天才軍師の生涯を通し,兵家の聖典(バイブル)『孫氏の兵法』成立の謎に迫る歴史巨篇! 」と書いてあるが、この兵法書の成立過程を描いた歴史的真実とは、信じないほうがいいだろう。興味のある方は、他にも関連本など読むことをお勧めする。

 歴史小説とは、別に真実ばかり書かねばならぬ訳ではない。小説とは、かならず大なり小なり虚構が入る。その意味では、この小説なりに設定した話や、孫燕とか孫玲といった孫ぴんを慕う女性などを配したりして、小説としては、それなり面白く仕上がっているように思う。
 正直に言えば、孫子に関しては(私は他にも何冊も読んでいるが)、海音寺潮五郎さんの『孫子』が一番お勧めである。しかしながらこの本も決して悪くは無い。興味のある方は、読んでみてはいかが。

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