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書評(平成18年03月06日)

『春朗合わせ鏡』(高橋克彦著・文藝春秋)

 高橋克彦氏の作品である。NHK大河ドラマの原作「炎立つ」及び「時宗」の原作者といえばわかるだろうか。私は彼の作品は以前「火怨−北の耀星アテルイ」を読んだ事がある。この作品で2作目ということになる。
 作者のプロフィールなどみると、1987年「北斎殺人事件」で日本推理作家協会賞を得ている。北斎隠密説を扱った作品らしい。またこの作品「春朗合わせ鏡」には「だましゑ歌麿」、「おこう紅絵暦」という姉妹作があるらしい。北斎に興味が相当ある作家のようだ。

 私自身は、北斎については、それほど詳しくないし、今まで興味もなかったが、北斎の若い頃の姿を借りて仕上げられた捕物帳ということで、興味が沸き、手に取り田鶴浜図書館から借りてきたのである。

 この小説の中では、北斎は45歳になってからの名乗りなので、春朗として出てくる。絵師勝川春章に学んでいた時につけてもらった名を、そこから追い出されてからも名乗っている。元々の名は鉄蔵。幼少の頃一時、母方の実家の叔父御用鏡師中島家に入るが、彼にその生活が合わず出たらしい。一方父親は仏師だが裏の顔は将軍直属のお庭番、妻の"おこう"は湯島の漢書を扱う店の娘という設定になっている。この本の中では、勝川一門から追い出されたが、有名な版元蔦屋から見込まれ、時々仕事をもらって本の挿絵など色々描く絵師となっている。

 彼を取り巻く人々としては、北町奉行所の吟味方筆頭与力仙波一之進、その妻おこうは元・深川芸者、またその父・左門も元北町奉行所吟味方筆頭与力。それにこの作品を通しての相方役として登場する蘭陽という美形の陰間などがいる。
 蘭陽は、出身は出羽の農家という設定で、最後まで謎が付きまとう人物だが、読んでいくと根は、非常にいい人物に描かれている。また途中から"がたろ"という謎の人物が春陽と一緒に暮らすようになるが、「いのち毛」の話でその素性が知れる。

 葛飾北斎を辞書などで調べてみた。江戸中・後期の浮世絵師(1760生まれ〜1849没)の江戸の人。幼名、時太郎、のち鉄蔵。4歳の時、幕府御用鏡師中島家の養子となるがすぐに出たらしい。初号、春朗、ほかに画狂人・為一など。初め勝川春章に学んだが、狩野・土佐・琳(りん)派・洋風画など和漢洋の画法を摂取し、読本挿絵や絵本、さらに風景画に新生面を開いた。
「北斎漫画」や「富嶽三十六景」が有名、とある。

 だいたい小説と同じだが、父親が将軍直属のお庭番というのは、北斎隠密説から、考えたこの小説の設定でフィクションだろう。
 
 この北斎が春朗と名乗っていた時代は、田沼意次が失脚して、松平定信による寛政の改革が行われていた時代だ。そしてその寛政の改革で行われた奢侈禁止の取締りが、この本の内容と大きく関わってくる。この本の中にも名前だけだが登場する山東京伝や「蔦屋」も、その処罰を受けたことで有名で、よく時代小説などに採り上げられている。 そういえば余談だが、鬼平犯科帳の鬼平こと長谷川平蔵が活躍したのもこの時代である。

 この本は、「だましゑ歌麿」、「おこう紅絵暦」の姉妹作品を含めたシリーズもの(つまりシリーズ第3弾)と考える方がいいようだ。 「女地獄」、「父子道」、「がたろ」、「夏芝居」、「いのち毛」、「虫の目」、「姿かがみ」と7つの連作が納められているが、いずれも若き日の北斎こと春朗が、自分らの周りで起こる巷の事件を、蘭陽他仲間たちと協力して解決していく捕物帳風筋立てになっている。
 情緒性と捕物帳的娯楽性を両方兼ね備えた典型的時代小説であり、時代小説ファンにはお薦めの作品です。私も姉妹作品を、そのうち読んでみたいと思います。

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