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書評(平成18年05月01日)

『暁の旅人』(吉村昭著・講談社)

  吉村昭氏の医家関係の小説である。今までに吉村氏の医家ものでは、「日本医家伝」、「白い航跡」、「冬の鷹」、「雪の花」などを読んでいる。

 この「暁の旅人」は、松本良順を主人公とし、彼の真摯な生涯を描いた佳品だ。松本良順と聞いても、あまり知らない名かもしれないが、吉村氏他の医家が関わる歴史小説には、比較的よく登場する人物だ。
  
 良順は、大蘭方医の佐藤泰全の次男として天保3年(1832)生まれたが、幕府の奥医師の松本良甫の養嗣子となった。彼は、いわば漢方医の家に嗣子となった訳だが、もともと蘭方医として学んでいたので、ある日、オランダから長崎の海軍伝習所に、第二次海軍伝習隊の一員として医官が来ることになったと聞き、その人に西洋の最新医学を学びたいと思った。
 
 関係者のもとに陳情し、願いが聞き届けられ、長崎へ医官としてやってきたポンペのもとで、学ぶことになる。そこで彼は、ポンペの授業を幕府から指名された以外の者も授業を受けられるよう便宜を図ったり、種痘の実施や、コレラの流行、娼婦たちの梅毒検査など難問を色々と解決し、また医業も著しく向上した。ポンペがオランダへ帰国する頃には、彼から高い評価を得、ポンペの帰国の少し前に、良順も江戸に帰る。

 江戸に帰ると、西洋医学所頭取助、頭取の緒方洪庵が亡くなると、頭取となった。・・・・・・・
という具合にこのまま書いていくと、また粗筋を最後まで書いてしまいそうになるのでこの辺にしておく。

 登場人物も、彼の縁戚自体が、凄い偉人ばかり(たとえば実父の佐藤泰全は順天堂を起こした人物)、その上に、幕末維新の著名な医者たち、新撰組の近藤勇や土方歳三、榎本武揚、松平容保、スネル、徳川家茂、山県有朋、永井玄蕃頭、木村摂津守、陸奥宗光、元尾張藩主・徳川義宜他、多数の歴史的著名人が登場します。

 また良順が、会津での戦争負傷者の治療で活躍した話、病人に牛乳を患者に飲むことを勧め、さらにはその普及に市川団十郎にまで協力してもらった話、海水浴の効能に注目して、大磯に日本で始めて海水浴場を造ることを働きかけた話など、色々面白いエピソードも沢山出てきます。

 なかなか面白い話ですよ。お薦めの一冊です。

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