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書評(平成18年06月01日)

『大風呂敷
〜傑出のアイデアマン・元東京市長・後藤新平の生涯〜
(山本周五郎著・新潮文庫)

 (上巻)
 著者の杉森久英氏は、私の地元七尾市出身である。「天才と狂人の間で」で直木賞を受賞した作家である。といっても地元贔屓という訳で、読んだ訳でもない。以前から後藤新平には、興味を持っていたからである。

 上巻の粗筋を軽く書いておく。
 後藤新平は、幕末の蘭学者・高野長英の甥にあたる。そのため謀反人の子と呼ばれていた新平が、胆沢県大参事・安場保和に見出され、その支援のもと成長し、優秀な医者となる。長与専斎、石黒忠悳(ただのり)、長谷川泰、司馬凌海、北里柴三郎などの知遇も得て、出世し、愛知県病院の院長となる。そこで、暴漢に襲われた板垣退助の治療にもあたったりした。その後内務省衛生局に移り、長与が退いた後、局長となる。
 そこで、北里柴三郎のために研究所の設立に精力的に助力したりする。そして私費で念願のドイツ留学を果たす。帰国後は、帰国前から関わっていた相馬事件で、さらに深みにはまり、留置所に入れられることになる。裁判では無罪となるが、官職から離れてしまい、落魄する。・・・・

 以前後藤新平に関する小説としては、郷仙太郎氏の「小説後藤新平」を読んだが、あの本では恩人の安場保和のことはそれほど書かれていなかったが、この本では読んでいて、彼の一番の恩人ということがよくわかる。安場氏は後に彼の妻の父・義父となるが、この本でどういう人物かやっとよく見えた感じである。
 
 この本の特徴としては、この上巻では、相馬事件が、半分くらいの頁数を使っているということだ。郷氏の本では、さらっと触れた程度であった。相馬事件について書かれた部分を読んでいる間は、この本は一体誰について書かれた本なのか、疑問に思うほどで、ほとんど後藤新平が出てこない。著者自身も言うように、脇役程度に出てくる。でも本人にしてみれば、重大な局面であったから、彼を描くには欠かせない場面でもあるかもしれない。
 それにしても、ちょっと偏り過ぎたのではないか、と思う。杉森久英氏の、この辺の扱いをみると其処に、直木賞まで獲りながら、一流作家になれなかった原因の一端があるように思えてならない。

 彼のほかの作品も幾つか読んだが、長編でなく、短編などでも大きく脱線したりして、その書き様に疑問を感じたりしたこともある。まあそれでも数少ない地元出身の作家である。できるだけ贔屓にしたいと思う。

 (下巻)
  下巻では、前巻とくらべると、比較的彼のした仕事がわかる。児玉源太郎(4代目総統)に率いられるかのように台湾に渡って、台湾統治の仕事にたずさわったり、逓信大臣、南満州鉄道、東京市長、関東大震災の復興事業、ロシアとの交渉など・・・・
 しかし、杉森氏この作品を読むと、それらの業績を具体的にどう取り組んだか、とか具体的にどのような内容だったかということより、彼の人柄、彼の仕事のやりようとか、生き様に、著者は興味があるらしく、私としては、ちょっと期待はずれだった。
 もうちょっと鉄道の広軌問題や、台湾統治や南満州鉄道、東京の都市計画の具体的な内容を書いて欲しかった。紙面の関係もあろうが、ちょっとその辺が私とは、興味の置き所が違うような気がする。

 後藤新平の娘婿にあたる鶴見祐輔が、『正伝 後藤新平』(全8分冊・別巻1)という本を、著しているらしい。
 著者の故・杉森久英の記念室は、生まれ故郷の(私が住む)七尾市立図書館にあった。そこには杉森氏が所蔵していた本が数万冊寄贈され、閲覧できるようになっていた。今(平成18年6月1日)この図書館は移転作業のため一月以上閉館している。その記念室も、新しい図書館に再び設けられるのであろうか?もし再び開設されれば、その鶴見氏が書いた叔父の伝記も揃えてあることであろうから、一度機会があったら、閲覧してみたいと思っている。

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