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書評(平成18年06月22日)

『 北夷の海』(乾浩著・新人物往来社)

 これは新人物往来社が主催する第25回歴史文学賞を受賞した作品である。
 この賞は、私の注目している文学賞の一つである。今までに受賞作では、江宮 隆之氏の『経清記』、 間真里子女史の『天保の雪』、 松浦節氏の『伊奈半十郎上水記』、岩井三四二氏の『村を助くは誰ぞ』などを読んでいる。どれも傑作であった。
   
 この本には表題作の『北夷の海』のほか、『東韃靼への海路』と、『遥かな氷雪の島』が収められている。ただし読んでみると、最初の2作品は、話が繋がっており、一つの作品と考えていいと思う。
 『北夷の海』と『東韃靼の海路』は、ともに江戸時代に樺太を探検した松田伝十郎と間宮林蔵を二人を主人公としているのだ(ただし『東韃靼の海路』はどちらかというと、林蔵の話が中心)。間宮林蔵については、数年前吉村昭氏の『間宮林蔵』なども読んで興味が膨らんでいた(もちろん、吉村氏の作品にも伝十郎は出てくる)。

 『北夷の海』は、帯紙にも書いてあるように、極寒の地・樺太の探検に情熱を注ぐ二人の男の苦難の行程と葛藤を描いた作品である。いつものように前段の箇所の粗筋を書こう。
  二人はともに宗谷海峡を渡り、樺太の白主に着く。伝十郎はそこでこう述べる。以後の調査は、限られた期限で効率的に探査するため、東西の海岸線沿いの2ルートを別々に進む2手の隊に別けた方がいい、と。そして上司の立場を使い、松田伝十郎の隊は、西ルートとし、間宮林蔵の隊は東ルートを行くことで、林蔵に了解させた。
 当時、西欧では数世紀前から航海術が進み、急速に地球儀に地図を書き込みつつあり、不明な地はわずかとなっていたが、極東のここ樺太の地が、島か半島か不明のままで、世界的にも関心がもたれていた。
 その疑問点を解消するには、伝十郎の西ルートが有利であり、林蔵の東ルートも、東海岸沿いに北上し、回り込めば確認できるが不利なことに変わりはない。林蔵は、伝十郎より、かなり早く出発できることを利用し、何としても先に真相を突き止めたいとするが・・・・

 『東韃靼の海路』の粗筋だが
 伝十郎と林蔵は、樺太のラッカまで行くが、越冬の準備がないので、白主まで引き返す(ここまでは前作の話)。林蔵は樺太の更なる奥地、先端部までの探査を望み、再度志願し樺太へ渡る。一方、伝十郎は、報告のため、江戸に戻る。
 林蔵は苦難の末、樺太の最北端を極め、さらに西海岸沿いに出ようとするが、現地のギリヤークの酋長に無理だと止められる。そこで貢納のため、東韃靼に渡るというその酋長に付き従い、アムール川流域にあるというデレンという清の役所がある町までいくことになるが・・・・
 
 『遥かな氷雪の島』は、間宮林蔵や松田伝十郎とともに、択捉島などの探検開発で名を知られる近藤重蔵を主人公とした作品だ。
 重蔵は、晩年息子の犯した事件で連座し、近江の大溝藩に幽閉されるが、幕府がその後、蝦夷地直轄をやめたことを危惧していた。そんな憂いを抱いていた林蔵は、病で倒れ、危篤間際に、択捉島での若き日の夢を見る。・・・・

 『遥かな氷雪の島』では、同じく択捉島の探検で知られる最上徳内も、彼に協力する人物として登場する。その他にも、高田屋嘉平も、登場し、択捉島への安全航路の開拓や、島の開発への協力者として重蔵を助ける。
 私は、高田屋嘉平にも非常に興味がある。司馬遼太郎さんの『菜の花の沖』で完全にファンになった。司馬さんの本は、かなり読んでいるが、あの本とあとは『坂の上の雲』が一番気に入った作品であった。
 重蔵に関しての感想は、よく言えば意思が強く忍耐強いとなるが、悪くいえば、彼の親が指摘しているように、他人の気持ちを汲むことなどせず、自分の正義を貫きとおす人間ということであろう。

 しかし、これはこの本の中に出てくる3人の主人公の皆にいえることだし、さらには世界的に有名な探検家の皆にもいえることかもしれない。他人にすぐ妥協する性格ではダメだということだろう。一人勝手とか我儘とかいわれようが、そんなことなど気にしないで前進しつづける不撓不屈の精神が、前人未到の偉大な探検を成功に導くのであろう。

 この本を読んでいると、時々主人公の我儘に文句を言いたくなるような場面もあるが、やはりそこは自分の考えが甘いのであって、そういう甘え(妥協)の誘惑に克己心で乗り越えた彼らを高く評価すべきなのであろう。
 仕事第一主義が毛嫌いされ、家庭内の平和を重視するマイホーム主義が横行する現代にあって、日本の将来を考えた場合、もう一度再考すべき内容をもつ偉人伝ではないかと思います。

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