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書評(平成18年07月24日)

『鬼火の町』(松本清張著・文春文庫)

 松本清張が書いた捕物帳である。もうだいぶ前に亡くなったが、今もって日本推理小説家の最高峰に位置する人物だろう。とはいえ彼にしては捕物小説とは珍しい気がしたので、興味が沸き読んでみた。
 ちょっと話のさわりだけ紹介。

 時は天保年間の、まだ水野忠邦が天保の改革をはじめる前の時期。別の言い方をすれば前将軍の家斉が、将軍の家慶に実権を渡さずに大御所としてまだ権勢をふるっていた頃が舞台である。
 天保11年5月6日の厚い霧がたちこめていた朝、隅田川に無人の釣り船が浮かんでいた。やがてその船に乗っていたはずの二人の男が水死体が、川岸の杭に引っかかっているのが発見された。二人は、斬られてはいなかったものの、脾腹(ひばら)にはいずれも何かに当身を喰らわせられたような青痣が残っており、溺死したもようであった。

 水死体がひっかかった辺りに近い駒形を縄張りとする御用聞き藤兵衛は、北町の定町廻同心・川島正三郎に事件の探索を任される。
 藤兵衛は捜査を始めてみたが、なかなか手がかりがつかめないので、奉行所の了解を得て、二人が船から突き落とされたあたりの川の底を潜りに長けた者を雇って何かないか調べさせた。すると、非常に手の込んだ造りの銀煙管が見つかった。まだ川の汚れもほとんど着いておらず、事件当事者の持ち物の可能性が高いと睨む。
 しかしこれを手がかりに本格的に探索を始め出した矢先、同心の川島から、この事件の探索を中止するようにいわれる。その上さらに、事件の手がかりの銀煙管も寄越せという。・・・・・

 小説の構成としては、権力の中枢にいる巨悪が、身内が起こした事件を、町奉行所という警察権へも圧力をかけて、もみ消そうとし、証拠を消すため殺人をしたり、無辜の民の罪を擦り付けて断罪しようとする。
 上(同心・川島正三郎)から命令されたように長い物に巻かれて静かにしていらば、何の危険もないのだが、反骨心を抱いた岡引や、正義心の篤い旗本・釜木進一郎などが、権力に抗して真相を究明しようとするという筋立てである。
 事件は大御所(家斉)の愛妾・お美代の方(実在)、浦風さま、お美代の方の養父・中野碩翁(実在)が、絡み、横暴な権力を揮う巨悪に、義侠心に燃える岡引と旗本が立ち向かい悪を暴くという何とも痛快な長編時代推理小説となっている。

 事件の終盤には、私の好きな川路三左衛門聖謨や、牢屋敷奉行石出帯刀なども登場、藤兵衛らに助力したりして、事件解決につながる。 
 さすが清張である。清張に他に捕物帳がなく、この一作品だけとしても(他にもあるのかな?)、これは確実に、多数の作家がこれまでに書いた捕物帳の中でも、傑作に入れていい作品だと、私は感じた次第である。

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