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書評(平成18年08月05日)

『お鳥見女房』(諸田玲子著・新潮社)

  この小説は、この雑司が谷周辺が主な舞台となっている。主人公の珠代は、幕府御家人お鳥見役・矢島伴之助の妻で、婿取りであった。代々お鳥見を仰せつかる家柄。「御鳥見」とは、鷹の餌となる鳥の棲息状況を調べる役職で、葛西、岩淵、戸田、中野、目黒、品川の六ヶ所にある将軍家の御鷹場の巡検と、鷹狩のための下準備が主な任務。御鳥部屋誤用屋敷が、雑司が谷と千駄ヶ谷の二箇所にあったので、その雑司が谷の組屋敷に矢島家は住んでいたのであった。よって珠代にとってこの雑司が谷周辺は、生まれてからずっと住んでいる地域であった。
 
 私事だが、学生の頃私は、文京区の豊島ヶ丘皇族御陵(護国寺の隣)の門前の、門と不忍通りを挟んで真正面に当たる木賃アパートに2年間住んでいた(御茶ノ水女子大の正門前にも2年間住んでいたから、この地域には合計4年間居た)。不忍通りを目白の方に少し進み護国寺横の交差点で池袋の方へ曲がり少し進むと、道の両側に広大な墓地があった。右手は護国寺裏手の墓地、左手はそれよりさらに大きな雑司が谷墓地であった。その雑司が谷の北を走る都電荒川線沿いに南に歩くと、鬼子母神前の駅があったのを覚えている。残念ながら、私は鬼子母神の社へ寄ったことはない。

 雑司が谷墓地や護国寺は私の当時の散歩のコースであった。護国寺の境内に入って、坂を登り山門を通って、それから本道脇を抜け、裏手の墓地に出るのである。この墓地には山県有朋他、有名人の墓が色々ある。この墓地を抜け、大通りに出ると、道路の向かい側に雑司が谷墓地が見えるのである。横断歩道を渡り、雑司が谷墓地へ入る。この墓地にも、夏目漱石など有名人の墓があった。それらを時々じっくりながめたりして、墓地を一周してから帰るのである。思いで深い地域であり、一層興味深く読んだ。

 御鳥見役には実は裏の任務があり、時には遠く他国へ出かけたりして、隠密のような役割を果たしたのであった。他藩の状況を調べたり、測量や地図を作ったりしたのだ。他藩の秘密を探るだけに危険な役目だが、矢島家も伴之助の祖父、父ともその役割を仰せつかったことがあり、祖父などは殺害され、骸さえ帰らなかった。伴之助も、沼津藩にその役目で出かけることになる。

 留守を預かる貧乏御家人の家(珠代、その父久右衛門、子の久太郎、久之助、君江の5人家族(長女幸江は嫁いでいた))の家に、ひょんなことから、女剣士の沢井多津と、その敵にあたる石塚源太夫と、子(源太夫、源太郎、源次郎、秋、里、雪の5人)の7人が居候することになる。以後色々な事件が襲い掛かるが、常に笑顔を絶やさず、前向きに対処する珠代の機転と情愛で、何とかそれらの事件を切り抜けていくという筋立になっている。

 「先客万来」「石榴の絵馬」「恋猫奔る」「雨小僧」「幽霊坂の女」「忍びよる影」「大鷹狩」の7作品からなる。また本はシリーズもので、この巻が第1弾。すでに他に二、三冊続編が出ているようだ。続編もできるだけ読もうと思っている。   

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