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書評(平成18年08月28日)

『赤い人』(吉村昭著・講談社文庫)

  ブックオフへ行ったら、この本が目に留まり、たった100円だったので買ってきて読んだ。 『囚人道路』(安部譲二著・講談社) を読んで以来、明治期の北海道の監獄で酷使された囚人達の歴史に興味があったからだ。「赤い人」というタイトルだが、この時代の囚人服が朱色というか、赤一色のものであったことから用いたらしい。
 
 私は、吉村昭さんのファンのつもりだが、実は著者・吉村昭さんが先月末(8月31日)にすい臓癌でなくなっていたことは、本を読み出すちょっと前に偶然に目にした、Yahooニュースで始めて知った。点滴の管や、カテーテルポートも自分で引き抜いて、延命治療を拒み自ら死を選んだ尊厳死だったとか。吉村さんらしい死に方・生き様の感じがする。

 吉村昭さんの死は、自分としては、司馬遼太郎さんや藤沢周平さんがなくなった時と同じ位の衝撃であった。
 どんどんいい作家が亡くなっていく。惜しいが仕方がない。ミステリーやサスペンスなどでは、同世代でもいい作家が出てきたと思うが、歴史小説などの分野で、私と同じ世代、さらに下の世代から果たして彼らに劣らないような優れた作家が出るのだろうか、と心配になってくる。要らぬ心配だろうか。
今後出来る限り多くの吉村昭さんの遺作を読んでいくつもりである。
何はともあれ、故人のご冥福をお祈りします。

 本題に戻り、この本だが、北海道開拓史の裏面史ともいえる集治監(特に樺戸集治監を中心に)の歴史、明治14年(1881)の設置から、大正8年(1919)廃監までを描いた作品である。集治監は、「しゅうじかん」または「しゅうちかん」と読む。樺戸集治監以外にも、空知集治監、釧路集治監、網走集治監なども出てくるが、樺戸集治監を主人公のようにして描いている。この小説の中では特に主人公のような人物は出てこない。樺戸集治監の最初の典獄の月形潔が一番多く出てくるが、主人公という訳でもない。敢えていうならやはり樺戸集治監が主人公だろう。

 集治監とは、旧制、徒刑・流刑および終身懲役などの囚人を拘禁した刑事施設のことである。西洋の監獄制度を取り入れたものではあるが、その設置の思想は、贖罪しながら、技術など教え込んで社会復帰を促すというようなものではなく、それは金子堅太郎の有名な提言、「囚人は「暴戻の悪徒」ゆえに「苦役ニタエズ斃死」すれば国の支出が軽減される」が示している。

 集治監にいれられる囚人は、重罪人だが、殺人や強盗といった凶悪犯だけでなく、この時期は政治犯も多いのだ。政争に敗れたり、もっと民主化がすすんでいれば、立場が逆転していたかもしれない者たちが、囚人として扱われたわけだ。

 この本は、樺戸集治監を中心に、そこで収監された彼ら囚人達が、いかに酷使され、北海道の厳しい原野を開拓していったか、またいかに多くの囚人達が、死を賭けた脱走を試みたかを克明に描いた作品です。安部さんの『囚人道路』と重なる部分もほんの少し出てきますが、その話もこの本の中では、ほんの一コマ、苛酷な集治監の野外作業の一仕事に過ぎません。

 読んでいて、いかに囚人とはいえ、あまりにも酷い扱いだ思う箇所が多々出てきます。極寒の地なのに、凍傷から足を守る足袋など要らぬだとか、寝具も信じられぬような粗末さで、驚いてしまいます。国のために働いてもらうなら、囚人でももう少しマシな扱いでもいいのに、と思うのだが、囚人はあくまで使い捨ての消耗品扱いなのだ。ダメになれば、次のものに替えるという考え方だったようだ。

 農地開拓のほか、道路建設、炭鉱労働、硫黄の採掘など、劣悪な条件の中、それも鎖や鉄球を引きずっての労働が行われ、それでいて一般労務者ではとても無理なくらいの成果をあげさせているのだ。道路建設や農業など外の仕事であっても、真冬でも作業は行われたようだ。厳寒の中、木の伐採など、雪が積もっていてかえって運搬しやすいという理由で、囚人の健康など構わず作業が行われたようだ。一時期、典獄が人道主義の人物になったりして様相が変わったこともあったようだが、おおむね酷使に変わりはなかったようだ。

 私のこの下手クソな紹介でも、もし興味をもたれましたら、自分で読まれることをお薦めします。

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