このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

書評(平成18年08月30日)

『イリュージョン—悩める救世主の不思議な体験』
(リチャード・バック著:佐宗鈴夫訳・集英社)

  『イリュージョン—悩める救世主の不思議な体験』(リチャード・バック著:佐宗鈴夫訳・集英社)は、「かもめのジョナサン」と並ぶ彼の代表作らしい。
 「カモメのジョナサン」は確か高校生の頃、海などを気持ちよく飛翔するカモメの自由に憧れて読んだ記憶がある。受験勉強があるとはいえ、何もそれほど一生懸命勉強して、自由をがんじがらめに縛られていた訳ではないのだが、何となくあの頃、あの本に魅せられた。
 
 イリュージョン(illusion)は、幻想や幻影と訳すべきか、思い違いなどと訳すべきか、いい訳が浮かばない。イリュージョンのままがいいのかもしれない。ファンタジー小説である。

 主人公は、フリートという古い複葉機で町から町へ移動し、10分3ドルの遊覧飛行でえ生計を立てているリチャード。著者と全く同じ名で同じ飛行機乗りだが、著者本人ではなくあくまでファンタジーの主人公らしい。ある日彼は、トラベル・エア4000という古い機種の飛行機に乗る同業者ドナルド(愛称ドン)とある町で出会う。
 ドナルドはかつては、話題の救世主(メシア、メサイア)であった。

 お互い似たようなものを感じ、また彼の魅力に取り付かれ、リチャードは、彼(ドナルド)と行動を共にする。そして彼から色々な事を教えられる、また気づかされる。そしてイリュージョンか奇蹟のように思われることも色々みせられる。そして遊覧飛行に訪れた人々も、そんなメシアのような奇蹟を見せられ、彼の周りに押し寄せるのであった。
 ある日、ドナルドはリチャードに『救世主のハンドブック(救世主のマニュアル)』という本を見せてくれ、貸してくれた。それには、箴言のような言葉が随所に載っていた。それを、時々開いては読むうちに、また時々ドンと会話し、思い込みを解き放たれ思考が柔軟で自由になるようにつれ、リチャードも少しづつ、ドナルドのマジックのようなイリュージョンを現実とすることができるようになっていく。・・・・・・

 これ以上書くと、粗筋というより要約になってしまいそうだから、この辺でやめておく。訳者でもあり解説者でもある佐宗さんが言っているように、頭脳と精神の自由な活動こそが創造の泉です。飛行機やロケットはかつてはイリュージョンであったが、今では誰も不思議に思いません。自由にイリュージョンを羽ばたかせることが、大事だと著者はいいたいのでしょう。

 この本の中に出てくる『救世主のマニュアル』の言葉も、ほんと気のきいた言葉でつづられ、いい。自分が面白いと思った言葉を幾つか揚げてみよう。

 責任を回避する
 いちばんいい方法は、
 「責任は果たしている」ということである。

 自分の限界について
 議論するがいい。
 きっと
 それがあなたの限界である。

 願いごとが生じるときには
 同時に、かならずそれをかなえる力が
 あたえられる。
 しかしながら、
 それなりの努力はしなければならないだろう。

 誰の人生にも起こるさまざまな出来事は、
 すべて自らが招き寄せたものである。
 それをどう処理するかは
 本人が決めることだ。


 まだ色々書かれているが、もっと格言めいた言葉も多い。必ずしも全ての言葉が理解できた訳でもないが、奥深い言葉が多い。著者の経験から出てきた言葉だろうか。またキリスト教徒ならすぐわかる聖書の知識が前提のものなども多々出てくる。気に入った言葉を全部書き留めたくなる。この本は実は七尾市立中央図書館(七尾駅前のミナクル内)から借りてきたものである。
 文庫版でも出たら、あらためて買い座右の本にしたい。

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