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書評(平成18年09月06日)

『フロイトとユング』
(小此木啓吾・河合隼雄:思索社)

  (この本は1989年第三文明社からも再版されたようです)
 この本は、精神分析学の権威で、ユングを学ばれた河合隼雄氏と、フロイトを学ばれ小此木啓吾氏の対談集である。タイトルにあるように「フロイトとユング」を中心に、それ以外にもライヒ、エリクソン、ビンスワンガー、ラカン、ザロメ、レイン、アンナ・フロイト、フリース、メダード・ボス、フェレンツィなどについても述べている。

 実は、この本は今から20年以上も前の学生時代に一度読んだ本である。その頃は日本人論ブームなどもあって、私は、歴史学者や、社会学者、経済学者など色々な観点からの日本人論を、(専攻の経済学と同様かそれ以上に)もう夢中になって読んでいたが、特に精神分析学者の者が多かったように思う。そしてその後は、日本人論というより精神分析学・心理学に非常に興味を持っていったのを覚えている。
 小此木さんのモラトリアム論や、阿闍世コンプレックス、シソイド人間・・・など片っ端に色々読んだ。また河合さんの本も『日本人とアイデンティティ』『「ユング心理学入門』『無意識の構造』他沢山読んだ。

 余談だが、数年前桐生操さんの「本当は恐ろしいグリム童話」の本がベストセラーになり、そのあと日本の昔話や、神話など、色々な「本当は恐ろしい(または怖い)・・・・」という本が、沢山出たりした。しかしグリム童話が本当は怖い話が多いなどというのは、例えば日本人の中では河合さんが何十年も前にすでに言っており((参考)『日本人とアイデンティティ』の中の「おとぎ話の深層」「民話と深層心理学」「昔話の残虐性について」など)、だから私には桐生操さんの本は、単なる受け売りのように思えたものだ。

 小此木さんや、河合さんのほかにも、土居健郎さんの甘え理論関係の本や、木村治美さん、笠原嘉さん、斉藤茂太さん、勿論、フロイトやユングの解説書も多く読んだし、また海外でベストセラーになっていた「ピーターパンシンドローム」や「シンデレラ・コンプレックス」なども読んだりした。

 今回、この本を再読したのは、学生の頃精力的に読んだ学術書だが、最近はもうかなり内容も忘れてしまい、また読みたくなってきたことが揚げられる。この本も、書棚から、ちょっと取り出して立ち読みしているうちに、結局最後まで再読してしまったというのが本当のところである。

 ユングもフロイトの弟子の一人である。と言うより、フロイトが精神分析学を確立したのであり、彼から多くの弟子が育ち、またフロイトから別れて、新たな派を形成していったのである。西欧では、そのためフロイト派(フロイディアン)とユング派(ユンギアン)は、お互い敵対視し、対談などできるような状態ではないらしいが、日本では、西欧とは違う文化による環境の中、結構話し合える状況にあり、このような対談が行われたらしい。尤も、この本が纏められてからすでに20年以上経ち、現在どういう状況にあるのかは私は知らない。

 ユダヤ人でありながらユダヤ的しがらみから離れて合理的であろうとしたフロイト、しかしながらそれでいて、やっぱりユダヤ人である特異性はぬぐいきれず、エディプス・コンプレックスなどユダヤ教の契約観念に基づいた父性的性格が濃厚な理論を展開。一方ユングは、キリスト教徒。フロイトと比べると父性的性格は弱く母性的性格は強いが、それでもキリスト教も、ユダヤ教と同様神との契約的性格を持つところから、父性的な面は日本人より強い。そしてフロイトが、夢分析において、西欧の伝説などにみられる元型などの概念を用いて、かなり無理してでも客観的合理的であろうと意識したのに対して、ユングは、夢を何かに方向づけて考えるのではなく、夢のまにまに進んでいき解釈するという感じの分析方法を確立した。勿論、こんな数行の説明では、とても二人の思想・分析方法などの違いは述べられないのだが(また私が書いていることも不正確な事が多いことだろうが)、その違いは、多分に彼ら二人の性格や宗教の違いなど環境に原因があるようだ。

 この本では、小此木さんと河合さんが、それぞれフロイトとユングを学ぶことになった経緯をまず最初に述べている。そして彼ら(フロイトとユング)の著書上の考えの違いの他にも、書簡や普段の臨床の場、弟子達との関係などにみられる、人間フロイト、人間ユングの姿も紹介し、対談しながら深く彼ら二人を読み解こうとしている。
 また小此木さんと河合さんが、宗教など西欧の文化に根ざしたフロイトとユングの考えをどこまで理解できたかや、精神文化の土壌が全く異なる日本での実際の臨床の場で、これらの分析方法がそのまま用いられないことなどから気づく、西欧との違いなどなど、興味深いことが
率直に語られ、非常に面白い本となっています。

 専門用語も色々と飛び出すのですが、数々のエッセイや、わかりやすい精神分析学のベストセラーを書かれた二人の対談だけに、あまりそういう事は気にならずに読めます。気にならないということは、逆にいうと表面的な理解しか出来ていないということかもしれませんが、どんな学問も最初から深く理解できるものではないですから、読みやすい本であることは、やっぱりいいことだと思うのです。古い本ではありますが、お薦めの一冊であります。

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