このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

書評(平成18年09月21日)

『其の一日』(諸田玲子著・講談社)

  諸田玲子さんの本は最近よく読むようになった。今までに読んだ作品は『あじゃくれ』『お鳥見女房』など。
 今回の作品は、4篇の短編集である。4篇とも、人それぞれの運命の一日、人生で一番長く感じられるような一日に焦点をあてた作品になっている。
 4話の粗筋を少しだけ紹介。

 第一話の「立つ鳥」は、柳沢保明(吉保)の時代に勘定奉行を勤め、貨幣改鋳などを推し進めた荻原彦次郎重秀の話。庶民から苦情が出るも、幕府の財政難はこの改鋳でやっと息を吹き返していた。そこへ新井勘解由(白石)が批難をはじめる。柳沢保明は、前将軍逝去後幕閣を退き、既に六義園で隠居していた。勘解由は、商人どもが彦次郎の屋敷に勝手に積み上げていった献上品の事なども含め、一人集中的に批難を浴びせられ、窮地に陥る。・・・・・

 第二話の「蛙(かわず)」は、4千石の旗本藤枝家の当主が、千束村の農家で女子を殺して割腹した。妻は、事件の後、屋敷で働く者どもや実家の父親から話を聞くうちに、夫と養母との間の揉め事や、遊女と浮名を流していた話を初めて知る。・・・・・
 読んでいて、養母と夫の関係に、少しおぞましい気持ちになったが、年齢差を考えるとまあありえるかな、とも思ったり・・・・

 第三話の「小の虫」は、駿河の1万石の貧乏藩・小島藩の江戸屋敷で近習役を勤める倉橋寿一郎。祖父の倉橋勝政は小坊主から留守居役へ出世を遂げた人物。また父・勝暉、通称寿平(じゅへい)もお年寄まで出世。その二人は、寿一郎が9歳の時、相次いでなくなった。父は七夕の日に亡くなり、それで8月15日に彼が家督を継ぐと、今度は9月9日祖父が亡くなった。
 その後、藩の屋敷内で彼を見る眼が変だと気づくが理由が分からずにいた。いつもは街中に勝手に出歩かないように言われていた彼であったが、祖母が病床についていた折、友人に誘われ街中へ出る。そこで彼の顔を見て、寿平の子であるのをすぐ気づいた町人に出会い、父が恋川春町という黄表紙作家であったことを知る。・・・・・

 第四話は「釜中の魚」。彦根で井伊直弼が、殆ど世に出る望みも無く埋木舎(うもれぎのや)で暮らしていた頃、関係が出来た可寿江の話。可寿江は昔は村山たか、とも名乗っていた。家督を継ぐ際に関係を絶ち江戸で旅立って行った直弼だが、彼女は直弼のことが諦めきれず、長野主膳の下で密偵として働く。直弼を付けねらう不穏な動きを京で知った彼女は、それを何とか直弼に伝えようと江戸にやってくるが、なかなかそれを伝える術がなく・・・・
 桜田門外の変にいたるまでの可寿江の一日を描く。

 ところで、第4話の可寿江だが、何だか前にこれに似た女性の話を読んだな、と思い舟橋聖一の「花の生涯」をペラペラめくったら、やっぱり村山たか(可寿江)が準主役として出てきていた。やはり長野主膳が引き合わせた絶世の美女として出てきて、生涯を賭して愛をささげつつ、密偵として働いた彼女を描いている。ただしこの話では、長野が引き合わせる前に既に会って恋仲になった話になってはいるが。という事は実在の人物かな?

 どの話も、運命の日の一日の中で揺れ動く心模様を巧みに描き、話に無駄なく引き締まった、秀作に仕上がっている作品である。お薦めの一冊です。

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください