このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

書評(平成18年11月26日)

『春秋の檻—獄医立花登手控え(1)』
(藤沢周平著・講談社文庫)

  主人公の立花登は、羽後亀田藩の微禄の下士の次男であった。幼い頃、母が語る話から、母方の叔父(母の弟)で江戸で開業している小牧玄庵にあこがれる。自分も医者になろうと、地元の医学舘などで勉強した後、叔父を頼って上京する。しかし実際に見た玄庵の姿は、名医というには程遠い医者で、医術も古く、はやらない上に無口で酒好きで怠け者であった。叔母の尻に敷かれ、家計と酒代を補うために、小伝馬町の牢医のかけ持ちまでしていた。

 そのため叔父の家の居候という立場の登は、新しい医学を勉強するどころか、食わせてもらうのが精一杯という状況だった。江戸に出て来た翌日から、叔父の代診をやった。また口うるさい叔母と驕慢な娘に、家の中の掃除など家事の手伝いで、召使のようにこき使われた。医学の勉強は叔父の知人の医者などから、医書を借りたりして何とか知識を増やしていた。

 それでも何とか江戸へ来てから3年経ち、だんだんと横着になり往診などしなくなった叔父に代わって、彼がいなければ小牧の家は立ち行かなくなる。また子供の頃から修行を絶やさなかった柔術を、江戸へ来てからも鴨居道場で磨きをかけ、起倒流柔術を免許皆伝される。そして道場では三羽烏といわれるようになる。

 牢医師として牢内の見回りをしていたある夜、島流しと決まった勝蔵という囚人から、頼みごとを受ける。伊四郎という男から十両を貰いうけ、それをおみつという女性に渡してほしいというものであった。そのために登は、危機に陥る。・・・・・。必ずしも捕物帳的な話のみではないが、事件解決型の時代小説と言ってもいいだろう。

 あとがきで佐藤雅美氏が、藤沢周平氏の江戸時代の資料の読み込み量の凄さとその知識の他人には真似の出来ない、さりげない作品への反映を誉めている。知識のあまりない私は、そういう事はなかなか気づかないことも多いが、藤沢氏の文章には毎度関心させられる。獄医を主人公としての設定、彼の身を守る特技(医術以外の)が、剣ではなく、柔術というのも、ユニークで新鮮な感覚がしていい。

 登場するキャラクターであるが、まず言い忘れたがこの主人公の登は青年医師(22歳)である。叔父の家の16歳の娘おちえとの関係も、微妙である。登は、彼女が驕慢で遊び好きなので、あまり好いていないようだが、叔母や本人は許婚(いいなずけ)と言っている節もある。この関係は最後の章の話では、登が拉致された彼女を救い出すことで、シリーズ第二段以降での新たな展開を予感させて、幕を閉じている。

 また友人として柔術仲間の同い年の新谷弥助が出て来て、事件でも何度か力を貸す。牢医師としては、最初は相役として矢作幸伯という老人が出てくるが、幸伯は歳をとっていたので、途中から土橋桂順という40代の医師に引継ぎを兼ねて見習いとして登場してくる。
 その他には、八名川町の岡っ引藤吉とその手下・直蔵が彼を助けたり、牢屋同心の平塚などとも、何度か事件に関わる。

 何にしても、面白い作品だ。このシリーズは全部で4冊ある(藤沢周平氏は既に(平成9年)亡くなっているので、これ以上はない)。残り3冊も、読むのが楽しみである。

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