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書評(平成18年11月30日)

『死の壁』(養老孟司著・新潮新書)

 先ほど、上記の本を読了した。あの超ベストセラーになった『バカの壁』の続編のような本だ。この新潮新書からは、もう一冊『超バカの壁』も出ている。

 養老さんは、現代の人々は、都市化の進展に伴い、死、病人、身体障害者、排便などを人々の目から遠ざけるようになったという。この本では、その中でも特にタイトルの中にある‘死'の問題について述べています。 
 全ての人間の致死率は100%でありながら、死というものを人々は、必ず通る、避けて通ることが出来ない問題でありながら、目をそむける。そしてできるだけ考えないようにしているという。
(ただし養老さんの言う‘都市化'の都市とは、‘自然'の対義語としての言葉として用いている)

 一つの例として、養老さんは次のような経験を語っている。解剖のために、12階建てのある高層団地に、検体の死体を受取に行った際の話。棺を部屋から出して廊下を運ぶ際、通路が狭いので、住民がドアを開けるたびに遮られ、棺とわかると慌ててドアを閉めて見ないようにしたという。そしてエレベータまで運ぶと、これまた中が狭いので、棺を仕方なく縦に立てて降りたという。後ほど偶然この団地を設計した設計者と話す機会があったので、聞いてみると、人が死ぬということを想定して建ててないということがわかったといいます。

 設計者によれば、若い夫婦が一戸建ての家を買うまでの一時的な住まいとしての団地を想定して設計したとの説明であった。養老さんは、たとえそうであっても、人が死ぬことはありうるわけで、この心理の裏には人の死をできるだけ考えないでいられるようにしようという考えが働いていると指摘します。都市は自然を排除することで作り上げられ、人間の脳の中で考えたものが形となって現れたものが都会だとも言います。

 その他にも、なぜ人を殺してはいけないか、(そこから発展して)なぜ自殺(自分を殺すこと)はいけないか、生と死の境目はどこか、イラク戦争と大学問題の関係など、死についての様々な問題について言及しています。

 「人は自分のことを死なないと勘違いするようになりました」といきなり冒頭で述べている第2章は、タイトルが「不死の病」となっており、養老さんらしいユーモアにあふれたアイロニーが効いていて面白いと思った。勿論内容も、うんそうだななるほどホントにそうだ、と頷く話ばかり。

 私が特に面白く思ったのは第4章の「死体の人称」です。そこで養老さんは、死というものについて考えると、死体は3種類の人称に分けられるといい、一人称、二人称、三人称のそれぞれについて考えます。そして実は一人称の死というのは、自分が死んでしまえば観察する主体が消えてしまうわけだから、実は客観的な一人称の死体というものはなく、無いものを考えているという。逆に無いもの、見えないものだから一生懸命考えざるを得ないと言います。一番特別な存在であるのは、二人称の死体であり、三人称の死は交番の交通事故の死亡数のようにアカの他人の死にすぎない。・・・・・

 他にも、この世はメンバーズクラブといい、死はメンバーズクラブからの脱退であるとか、脳死に関する問題などの話、靖国問題の根本には死に対する日本と中国など外国の考え方の違いがあることなど、なるほどと頷かされる話も沢山出てきて、色々と考えさせられた。

 また以前他の養老さんの本でも読んだ話だが、こんな話も出てくる。父親の死の際(養老さんは、親戚からお別れの挨拶促されたが、出来なかったという)の記憶が抑圧として残り、そのため長年挨拶がうまくできなかったという。30年ほどたったある日、挨拶が苦手な事と父との死が結びついていることに気づき、急に涙があふれたといいます。そしてそれ以来、あまり父の夢を見なくなり、また挨拶もごく普通にできるようになったそうです。何度聞いても考えさせられる話だなと思いました。

 養老さんは、人生というものは、周囲の死を乗り越えてきた者が生き延びることであり、身近な死というものは忌むべきものではなく、人生のなかで経験せざるをえないことだといいます。そしてそれがあることで、人間さまざまなことについて、自分についても理解が深まるのだといいます。

 人がいかにいきていくべきか、考える為には、哲学書など読むより、私はこういう本を読むほうがいいのではないかとも思います。もっとも最近は哲学書など読む人はそんなにいないでしょうから、そんな事を言う必要もないのかもしれません。それだけに現代において、人の生き方について考えるには、最も具体的で最適な本と言えるのではないでしょうか。勿論私のお薦めの一冊です。

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