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『研究はみずみずしく』 (野依良治著・名古屋大学出版会) |
副題まで含めて書くと『研究はみずみじしく—ノーベル受賞者の言葉』(野依良治著・名古屋大学出版会) 野依良治さんは、勿論2001年ノーベル化学賞の受賞者です。200年の白川英樹さんに続く連続の日本人の受賞で、21世紀の最初のノーベル化学賞受賞者となりました。翌年にはあの田中耕一さんが同じくノーベル化学賞を受賞、また小柴昌俊さんがノーベル物理学賞を受賞したことは皆さんもご記憶のことかと思います。 実は私は野依さんの業績は、この本を読むまで実はほとんど知りませんでした。この本の中でもはっきりとこれが受賞理由だとは書かれていません。ちょっとWikipediaで調べてみたら「・オレフィンの不斉水素化などに配位子として用いられるBINAPを開発した。 ・カルボニル化合物をキラル選択的にアルコールへと変換できる金属錯体触媒(BINAP-ジアミンルテニウム(II) 触媒)を開発した。この触媒は非常に多くのカルボニル化合物に適用可能な汎用性の高いものである。医薬品、農薬、香料などを造る際に、鍵となる不斉合成反応に広く利用されている。本成果がノーベル化学賞受賞に大きく貢献している。 」となっていました。と言っても、やはり化学に詳しくない皆さんには、何のことだかよくわからないでしょう。 ではこの本を読んで知ればいいだろうと思いますが、実は業績を説明した箇所は、かなり難しい。この本では第1章に「ノーベル賞受賞と記念講演」が載せられています。記者会見の部分は別に難しくはないのですが、記念講演の話は、化学の知識があまりない方だと、途中からチンプンカンプンになるのではないでしょうか。私は、高校の頃、化学分野へ進むことを目指して勉強していたことがあり、夢かなわず文系に進みましたが、その後も理科系の中で比較的化学が得意だったので、そういった関係の本を折りにふれ読んでいました。よって難しいながらも、化学辞書片手に、何とか最後まで読み理解したつもりです。 その後の第3章の「右と左をつくりわける」も、第1章ほどでないにしろ、専門的な話が多く、難しいかもしれなせん。不正確になるかもしれませんが、以下において私なりにこの本で理解した野依さんの業績の紹介をしてみたいと思います。 分子構造が右手と左手の関係のように鏡像関係にある場合、その関係をキラリティといい、キラルな関係にあるという言い方をするそうです。そしてキラルな関係にある分子を「エナンチオマー」または「鏡像異性体」「光学異性体」というそうです。私が学生の頃は光学異性体という言葉だけならった気がします。 鏡像異性体は、勿論分子式や質量は同じで、化学的性質や融点・沸点・溶解度も同じですが、ただ偏光のみが異なり、一方は左旋性、もう一方は右旋性となってます(比旋光度の絶対値は同じ)。この鏡像異性体の関係が、生体現象や生理現象に関係している場合は、重大な影響を与えます。 1960年代後半に起こった「サリドマイドの悲劇」は、問題のサリドマイド剤がラセミ体といって、キラルな関係にあるサリドマイドのR体とS対が等量ずつ混合していたものでした。R体は優れた鎮痛剤でしたが、S体は催奇性と言って、これを飲んだ妊婦などはその子供から奇形児を生む原因をつくりました。 鏡像異性体が合成される普通の化学反応では、確率的にそれぞれ50%50%できるのですが、これをふせぐには不斉合成といって一方を選択的に合成することが必要となってきます。しかしそれは酵素で作られるようなものならできるが、昔は人工的には無理だと考えられていました。 ただし生物の組織などに見られる鏡像異性体は、ほとんどが不整合成によって造られています。生物の体を構成するアミノ酸は、左旋性のものばかりだし、糖類は右ばかりです。 野依さんは、もともとは京大の工学部に入学し父と同じ化学工業の技師となろうと考えたようです。1966年、京大で野依氏が野崎一教授のもとで助手として研究していた際、ある発見をします。カルベンと銅原子を結合しようとしてできた銅錯体(錯体は説明すると余計難しくなるので、簡単に銅と結合した化合物と考えてください)が55%対45%という不斉合成反応を起こす触媒として働き、わずかな偏りですが、(遷移金属系の分子触媒による均一系の)不斉合成反応に世界で初めて成功したのです。しかしこの割合では、工業的に無意味で多くの化学者から無視されます。 それでも野依さんは、この不斉合成という研究を続け(後に名古屋大学に理学部助教授として移る)、他の同様な研究をする化学者たちも諦め脱落するなか、野依氏らは最後までくらいつき頑張ります。BINAPという美しい形をした分子と出会い、それを配位子(錯体あるいは錯化合物の中で、中心原子に結合しているイオンあるいは分子など)とした金属との錯体を合成、これにより100%とか1対99という物凄い純度の不斉合成が可能となりました。これ以降様々な触媒もつくられ、薬学、医療、食品工業、化学工業など様々な分野で利用されるようになった。こういう業績が評価されノーベル賞受賞となったようです。 この本には、他に「ノーベル賞への軌跡」で、野依さんが子供の頃から受賞に至るまでの軌跡が描かれています。またノーベル賞をとる前に文化功労賞と文化勲章を受章した際の講演会の話や、マスコミ向けに語った話や、江崎玲於奈さんとの会談、化学業界や化学学界の人との会談、若者に向けて書かれた話などからなります。 タイトルの「研究はみずみずしく」というのは野依氏のモットーから採ったもので、「研究は瑞々しく、単純明快に」からきています。本自体は、業績の箇所は、素人にはなかなか単純明快にわかるというのものではありませんが、もし科学的な説明の箇所が難しければ、そこを飛ばして一般者向けに話された箇所や、座談会の部分だけ読んでも得るところは多いと思います。 色々感銘を受ける文章が多いのですが、この本の一番最後の若者向けに語られた巻末の文章を抜粋転記してこの記事を終えたいと思います。 「最近、僕が言うのは「リアル。ワールド(現実の世界)に生きろ」ということだ。モデルとかシュミレーションとか言い過ぎる。モデルはあくまでモデル。決して実物ではありえない。「仮想社会」で人間をしているつもりだが、それは人間ではない。 あえて突き放すような言い方をしよう。君たちはすばらしい潜在能力を持っている。そひて、未来は君たちの時代だ。だから僕は、君たちに何をしてくれと言おうとはしない。自らを育て、自分たちの力で良い日本国をつくってください。そして、豊かで幸せな人生を送ってください。」 (この本は七尾市立中央図書館から借りてきた本です) |
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