このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

書評(平成18年12月21日)

『ヒトゲノム』(榊佳之著・岩波新書)

   副題まで含めてタイトルを書くと『ヒトゲノム—解読から応用・人間理解へ—』(榊佳之著・岩波新書)

 著者の榊佳之さんは、松原謙一さんらとともに、ヒトゲノム計画の日本側の代表として研究に携わった人物の一人であります。この本は2001年5月18日に発刊された本なので、ヒトゲノム・プロジェクトがまだ完了していない段階で書かれた本です。

 ではこの本の中で言うところのヒトゲノムの全塩基配列を読み終えたというのは、何かというと、1991年から始まったヒトゲノムの解読作業のうち、ドラフト配列の解読を2000年6月26日に終了したといっているのだ。ドラフトとはつまり草稿、まだ輪郭だということです。
 その後、全作業を終了したのは調べてみると2003年4月14日となっています。

 このヒトゲノム計画で日本は、塩基配列決定で6%ほど貢献(21番と22番染色体:この本の中ほどでは、日本が貢献した第21番染色体の解読の話も出ています)。他の国はというと、アメリカは65%、イギリスが22%、フランス、ドイツは2%、中国は1%ととのこと(ドラフト配列決定の段階)。

 こう比較すると日本はこんな割合で当然かなと思うかもしれない。しかし著者によると、日本はもともとはアメリカと匹敵するくらい先端を走っていたが、研究のための予算がつかず、アメリカに遅れを取り、ヒトゲノム計画でも小額で実行、日本の10倍近い資本を投資し取り組んだアメリカが日本の10倍の成果をあげている。

 著者はこれは資本の大きさの差だと批判。もう少し日本が、ヒトゲノム計画の重要性に気付き大きな資本をもっていたら、ゲノム解読の利用法などについてももっと意見できる地位を持てたと言っています。

 アメリカが、日本と大きく違うのは、民間企業が参入してきたことです。DNAの発見者であったワトソンなどの科学者も解読にあたったが、クレイグ・ベンダーという人物に率いられたセレラ・ジェノミック社という企業が、ヒトゲノム解読による特許化で商業的利益をあげようと参入したことが、ヒトゲノム計画の流れを大きく変えます。

 日本などの国際プロジェクトチームは、階層的ショットガンという、ゲノムを丸ごとでなく小さな断片にしてそれぞれを各チームが分担して調べていくというやり方でしたが、セレラ社側は、ホールゲノムショットガンというバラバラにして調べる方法を採用します。そのためにシークエンサー(ここでいうシークエンサーとは遺伝子を順を追って読む装置という意味だろう)を300台も使いデータを集め、それを国防省がもっているものに次いで優れたスーパーピューターを使い処理しました。

 いずれにしろ現在は、ドラフト配列だけでなく、どの程度の精度があるかは知りませんが(著者によるとセレラ・ジェノミック社の解読は精度において信用できない旨を述べています)、全塩基配列が決定しました。
 精度は99.99%といいますが、著者は1塩基でも違うと性質が異なることもあるし、遺伝子が働かなくなることがあるから、100%の完璧さが必用といいます。また全塩基配列が決定されても、問題はそこから各遺伝子がどのような役割を持つのか1つ1つ調べていく必要があり、その方が難しく、これからの方が大変だといいます。

 全塩基配列が決定されたといっても、そのうち遺伝子として働いているのは3万から4万といわれます。大雑把な数字からわかるように、どれが遺伝子でどれが遺伝子でないかはまだ完全にははっきりはしていないのです。

 この本では後半から、ヒトゲノムが解読されたことで、今後どうこの成果が活用され、進展していくか展望しています。
 ヒトゲノムと微生物やショウジョウバエ、さらには他の生物などのゲノムとの比較を通して、遺伝子であることが決定したり、その役割が推測されたりしています。また今までの現象をみて遺伝子をみつけるという方法ではなく、発見された遺伝子から、それが関与するという逆遺伝学も可能となってきました。さらにこれら新たにわかった遺伝子の知識から遺伝子治療も行われるようになった・・・・・

 まあこういう事が色々述べられています。

 著者の考えでは、今後は遺伝子から進んで、タンパク質の立体構造などの解析などが重要になってくるといいます。日本は、その分野において他国より早く取り込み一歩リードしているとのこと。ヒトゲノム計画での失敗を活かし、このタンパク質の解析研究では、最初から大きな予算がついているといいます。今度こそ、そちらで大きな指導力を発揮して欲しいものです。

 今後の日本の問題点として、研究に携わりながら同時に情報処理もできる人間の不足を訴えています。 現代は、どの分野でももう情報処理ができる人間がいないと、仕事にならないということでしょう。ヒトゲノム解読競争の中でも、日欧の協同チームの間ではインターネットが大きな力を発揮したことも書かれています。ハードの進歩だけではダメでそれを使いこなす人間がいないとダメ。なおかつ専門の知識、ここでは生物などの知識もある程度ないとダメだといいます。
 
 日本の将来は、やはり人材育成、教育にその繁栄の鍵あるということだろう。

(この本は七尾市立中央図書館から借りてきた本です)

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください