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『生物進化を考える』(木村資生著・岩波新書) |
(故)木村資生氏の名前はかなり前から耳にしていた。しかし氏の本を読むのは今回初めてである。かなり著名な学者だろうとは考えていたが、この本を読むと、どうやら進化学の分野に革命的な「分子進化の中立説」を提唱して、世界の学界に大論争まで巻き起こした人物らしい。当初はかなりの批判を浴びたが、今では認められた学説になっているようだ。 この本は、そんな論争を巻き起こした著者が、進化論の歴史や、進化の仕組みをわかりやすく説明、現在の進化論の成果や、今後の進化の可能性など述べている。 進化論の歴史では、ラマルクの「獲得形質の遺伝」に基礎を置く用・不用説、ダーウィンの『種の起源』の中の自然淘汰などの考え、及びメンデルの法則などを説明している。 そしてダーウィンとメンデルが出てきたところで、遺伝学に基づく進化機構論が順調に伸びていくかと思えばさにあらず、ダーウィンの流れを汲むウェルドンやカール・ピアソンに率いられた生物統計学派と、ウィリアム・ベーツソンを代表するメンデル学派との間で激しい対立が生じる。 この対立がメンデル学派の勝利で終わることにより、メンデルの法則の正しさがやっとのことで広く認められるようになる。そしてダーウィンの進化論をメンデルの遺伝学に基づき生物統計学的に基礎づけようとする努力が実り、集団遺伝学が誕生する。 集団遺伝学の研究対象は生物の集団、とくに有性繁殖によって結ばれた同種固体の集まり(繁殖社会)である。このうちには、各種の対立遺伝子が色々な割合で含まれており、これらを遺伝子頻度と呼ぶ。集団遺伝子学では、これらの頻度が突然変異、自然淘汰などの進化要因の下でどのように変化していくかを追及する学問である。 イギリスの数学者ハーディーとドイツの医者ワインベルグによって独立に発表された「ハーディ-ワインベルグの法則」の後、R.A.フィッシャー、J.B.S.ホールデーン、シウォール・ライトの3人によりメンデルの法則の集団遺伝学的意味合いが1930年代に解明され、これによって古典的集団遺伝学の数学的理論の完成する。(著者はこの中の1人、シウォールから一番強い影響を受けたと語る) その後、ドブジャンスキー、E.B.フォード、アーンスト・マイヤーなどの研究が続々と発表、進化総合説が花盛りとなる。そこでは極端な自然淘汰万能説が主流となり1960年代の前半では、定説になった感じがあった。 ワトソンとクリックによるDNAの二重らせん構造の発見は1953年だが、1960年代頃からは盛んに分子レベルで進化と変異に関するデータがとれるようになり分子遺伝学が成立。 筆者は、アミノ酸配列を比較できたのがヘモグロビンやチトクロムCなどまだ少数のタンパク質しかなかった頃、それをもとに、哺乳動物のゲノム(半数染色体組)あたりの変化率を調べる。それにより、進化の過程で哺乳動物の種は平均して2年に1個くらいの率で新しい突然変異(DNA塩基の変化)を蓄積してきた(すなわち種内で置き換えてきた)という驚くべき推定を得る。 そして1967年になって、この結果を集団遺伝学の中で説明するためには、どうしても自然淘汰に中立な突然変異の偶然的浮動が分子レベルの進化で主役を演じていると考えざるを得ない結論に達する。そしてその考え「中立説」を同年秋に発表、また同説を翌年イギリスの科学雑誌『ネイチャー』に投稿、受理され、2月には発表される。 中立説とは、分子レベルでは、遺伝子の突然変異は、そのほとんどが中立突然変異(自然選択に対し有利でも不利でもない中立なもの)で、それが集団中に広まるのは偶然によって決まる。適者生存ではなく、幸運な者が生き残る、と考えるのである。 この考えは、ダーウィンの自然淘汰説に基づく進化の総合説に修正を迫る内容であったので、当初は大きな反発を受けた。しかし徐々に様々な証拠が揃い中立説は次第に受け入れられていく。 分子レベルでの遺伝子の進化は、従来のダーウィン進化論の説明のように自然淘汰により引き起こされるだけではなく、生物の生存にとって有利でも不利でもない中立的な突然変異を起こしたものが偶然に広まり集団に固定化することによっても起きるとする。 さらに面白いことには、機能的に重要でない分子(または分子内の重要でない部分)ほど、そうでないもの(つまり重要なもの)より進化の過程でアミノ酸やDNA塩基の置換が急速に起こり、置換率(進化速度)の最高は突然変異率で決まるという。 この本では、自然淘汰と適応の考え、集団遺伝学などが、学史的だけでなく、数式を交えてなど非常に興味深く説明されている。また生物学、特に進化学の基本も一通り学べるように思える。 私もこの本を読むまでは、進化論というと進化総合説的な考えのイメージを持っていた。しかしこの本を読んで進化学への考えが大きく変わったし、また、今まではそんなに興味が起きなかったが、今はもっと色々知りたいと思うようになった。 表現型レベルで表れる進化の速度は、種によってかなり異なるように見える。たとえば魚類などはあまり形態を変えてないように見えるのに対して、哺乳類は非常に多様な変異をみせている。しかし表現型レベルで観察される進化速度に比べ、分子レベルでは、ほとんど差がなく、その一定性は分子進化時計とも呼ばれるという。分子進化のこういう性質から、今までは化石によって進化による種の分化などがたどられてきたが、その未知の部分の穴埋めに使われたり、修正に使われたりしているようである。 数式が出てきたり、前の叙述に戻って考え直す必要があったりと、結構難しい本であるが、ハマるとそういう事は苦にならない面白い本である。私の筆力および知識・学力が未熟で、この本の面白さを十分に伝えられないことが残念だ。 私は高校時代、理系クラスにいたが生物Ⅰを履修しただけ(地学もⅠまで)で、それ以上興味を持てず、物理Ⅱと化学Ⅱを選択し、それで現役時代受験した。生物学は遺伝学が少し面白いと感じたくらいであまり興味が湧かなかったからだ。今思うと非常に残念な気がする。 もしこの人の本に高校時代に出会っていたら、私の進路も変わっていたかもしれない、などと色々思った次第である。 生物学、進化学に興味のある人は、特に若い人には、是非とも読んでほしいと1冊である。 |
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